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2021年4月11日

ハヤカワepi文庫シリーズ (6)

(8) 生は彼方に(ミラン・クンデラ):
共産党政府が出来ようとする頃のチェコ・プラハ。ママに溺愛されるヤロミールは絵や小説、詩に興味を持つ少年。初恋はなかなかうまくいかないが、憧れていた女性の同僚のリードで初体験。そのまま恋に夢中になるが、よく考えると美人でもグラマーでも知的でも上品でもない。更にもしかしたら尻軽女かも、嫉妬から暴君になっていく。革命政府を支持する一方、芸術は芸術なんて余計なことを言ったりもする。国外逃亡する兄を見送りに行くという彼女を警察に売り飛ばす(ホントは嘘だったのだが政府はそうは思わない)。革命派の芸術者集団の仲間入りが出来ると思ったのに、余計なことを言ってバルコニーに追い出され、寒さの中肺炎になりあっさり死んでしまうのだった。自伝的小説なんだそうな。その頃のチェコが良く描かれているんだろう。チェコはロシアとは違うが、オーストリアともやっぱり違う感じ。

(40) バルザックと中国の小さなお針子(ダイ・シージエ):
文化大革命下の中国。自伝的作品。医師の両親をもつ主人公は、有名歯医者の父を持つ親友のラオと一緒に地方に「下放」される。近所には作家の母を持つメガネもいる。虐められるメガネが親のコネ+金で下放生活から抜け出す時に、隠し持っていた禁書入りトランクを盗んで来るふたり。バルザック始めたくさんのフランス文学を読みふける。近くに住む仕立て屋の娘に好意を持つが、積極派のラオが恋人にするのを指をくわえてみてるだけ。ラオはフランス文学を娘(小裁縫=小さいお針子)に読んでやり、教養をつけようとする。ラオの留守中に妊娠がわかり、僕は病院に行って、翻訳本を代金代りに堕胎を手配してやる。街に出てお洒落に興味を持ち、自分で縫った服で着飾って見違えるほどきれいになった小裁縫。教育の効果があったぜ、と喜んでいる少年たちを尻目に、ひとり村を出て都会に向かうのだった。ここにも若い女あるある。

(74) 素数たちの孤独(パオロ・ジョルダーノ):
初めて読むジョルダーノ。これ好き。アリーチェとマッティア。子供の頃の辛い思い出と物理的に負っている傷。一般的な恋愛とは違うけど惹かれ合う二人。久しぶりに再会して、自分にはこの人しかいないという確信と同時に、でも相手は自分を必要としていないというはっきりした思い。「双子の素数」の近さと遠さ。身にしみて切ない。

(76) 虹をつかむ男(ジェイムス・サーバー):
光文社古典でも短編集を読んだ。同じ作品も結構入っている。印象も同じでニューヨーカーらしい軽い読み物。日本だと機内誌な感じ。

(92) 後継者たち(ウィリアム・ゴールディング):
ネアンデルタール人vs後継者ホモサピエンスの話だとわかるのは、前書きというか冒頭にウェルズのネアンデルタール人観が引用されているから。当時はネアンデルタール人はあらゆる意味で劣っていたから負けたと思われていたけど、著者はそうは思わなかったわけだ。心意気や良し。でも何だか純真無垢だけど愚鈍で遅れてる感じに描かれている気がするし、これはこれで差別のような。まぁ常識は時代によるので仕方ないんだけど。面白いのは、原始人の気持ちになって書かれていること。言葉はあっても文字がないと伝わる内容は限られるんだな。その辺を頭に入れて書かれているのは実験的というかイイと思う。

(90) 蠅の王、(45-48) エデンの東、(80-81) 怒りの葡萄 はGuardian’sで済。

2021年3月12日

ハヤカepi文庫シリーズ (5)

週に1冊くらいの割で全体の6割くらいは読み終えたが、読まなくていい率が高くなってきた気がする今日この頃。

(9) ワイズ・チルドレン(アンジェラ・カーター):
ロンドンに住む双子の老姉妹は、伝説的イケメン舞台俳優の私生児で元ダンサー。75歳の今でも素敵な脚の持ち主。今でも乙女心は持っているけど波乱の人生を通じて、賢い子供たちになったところ?顔や声は良くても頭や心はどうだか?のパパ、優しいけど理解不能の行動派の叔父、二人を巡る女性たちや子供たち、その恋人たち。二人を育てたグランマもカッコイイが、パパの最初の妻レディ・Aがイギリスっぽくていいな。そこの家のナニーもイギリスぽい。家柄の差ってハッキリとあるようで、案外曖昧だったりするんだな、と納得。

(19) カメレオンのための音楽(トルーマン・カポーティ):
カポーティの3冊はノンフィクション・ノヴェルというのだそうだ。自分の経験をベースにした短編集。私小説というには全然ドロドロしてない(私小説=ドロドロって誰が決めたんだ)。いろいろあってもどこかお洒落な仕上がり。有名人の話も多い。良く描かれてることはいいけど、そうじゃないやつは実名じゃなくても本人から怒られそうだよな。訳は野坂昭如!ちゃんとNYぽく特に問題なく読めるが、村上春樹訳ならまた印象が変わるのかもしれないね。

(36) 犬は吠えるⅠ(トルーマン・カポーティ):
「ローカルカラー」はいろんな都市での出来事。題名が街になっているやつはとくにそれっぽい。パリのコレット宅を訪ねた「白バラ」は、バカラの文鎮をもらってコレクターになってしまう話。『自分でも大切にしているものでなければ贈り物としてさしあげたってしかたないでしょう?』コレットかっこいい!「ローラ」はシチリアが舞台。貧しい家主の娘がクリスマスにくれたのは羽を切ったカラスの雛。カラスも鳥も嫌いだった筈が、逃げ出されてみて愛着に気づく。戻ってきたカラスのローラと2匹の犬と幸せに暮らしてたのに、婚約者が事故に遭ったのはカラスのせいだと娘が言いだして追い出される羽目に。ホテルにも泊まれないし放浪の挙句、ローマのアパートにたどり着く。バルコニーでのんびり暮らすローラにファン(老人)も出来たのに、ある日猫がやってきて、羽を広げたものの飛べないローラはそのまま落下して、たまたまそこにいたトラックの上に。もう会えないの。「観察記録」はいろんな人を描いたスナップ。コクトーとジッド、ボガート、モンローはわかるが褒めてるんだがけなしてんだか。インタビュー風の「自画像」は描かれたいことが良く書けている。

(37) 犬は吠えるⅡ(トルーマン・カポーティ):
黒人ミュージカルを上演するために冷戦下のロシアを訪れる劇団。「砲声絶える時詩神の声聞こゆ」は、ソ連高官の歓迎演説から。歓迎されてるんだかされてないんだか。理解はされてないみたい。いろいろと不便だし横紙破りもたくさん。でも劇団メンバーも負けてないのだった。「お山の大将」はマーロン・ブランドを描いたもの。日本で「サヨナラ」なる映画を撮影中のマーロンに都ホテルで取材。マーロンは親分肌というか自分だけを愛する子分に囲まれていたい孤独な男。気分が続かないので自分でも何をしたいかわからない。良く描けているのだろうと思う。

(20) シンプルな情熱(アニー・エルノー):
50前の地位あるバツイチ女性が恋におちてしまった自分をシンプルに書いたもの。恋ってこういうものだよね、あるあるエピソード満載。ストーリーらしいものもないし、ほんとにシンプルなんだけど、これ好き。訳者あとがきにこの恋について「いわゆるロマンスからは程遠い、激しくて単純な肉体的な情熱」と書いてあってびっくり。ぽかんと口が開いてしまった。肉体関係の有無にかかわらず、こういう激しい情熱こそが恋だ、と思うんですけど。この情熱から程遠い「いわゆるロマンス」って何?それは恋愛ごっこであって恋じゃないだろ。ぶつぶつ。作品は、「今の私には、贅沢とはまた、ひとりの男、またはひとりの女への激しい恋を生きることができる、ということでもあるように思える。」という文章で終わる。確かにそうだよね、と思う。ただし、そんな贅沢をもう一度したいか?と問われると断然遠慮するけどさ。

(27) レ・コスミコミケ(イタロ・カルヴィーノ):
SFというか壮大な宇宙創成ファンタジーともいえるがただの駄ボラな感じがぬぐえないのがカルヴィーノのいいところ(笑)。パスワード的な人物(?)名は縦書きは無理で訳者は悩んだろう。中では「見たゾ!」が今的で面白かった。

(42) 恥辱(クッツェー)はGuardian's1000で済

2021年2月9日

Guardian's 1000 (23)

今回もCrimeカテゴリーを中心に。Crimeは全147冊中71冊読破となるのでまだ半分行ってないけど、未訳もかなりあることを考慮するとこのカテゴリーについては半分は堅い。でもー、再読が終わってからはリスト順(=著者名のABC順)に読んでいるのに、まだDの途中。まだまだ読むのがあって嬉しいぞ。

(221) イリワッカー(ピーター・ケアリー/白水社):
「ケリー・ギャングの真実の歴史」に続いて、2冊目のピーター・ケアリー。詐欺師というか山師というか嘘だらけのハーバート・バジャリ―139歳!?の語る生涯。ComedyといえばComedy。バジャリ―を通してオーストラリアってこんな国というのがわかるようになっている。英国への反発、米国への憧れとやっぱり反発。中国の商売人と東南アジアからの出稼ぎと日本軍の兵士と、ジャパニーズ・ビジネスマン。オーストラリアらしさを出そうとしても、でも本当はアボリジニの国だったよね、的な。アメリカ的な「独立」を経ていない分、複雑なのかもしれないね。

(222) オスカーとルシンダ(ピーター・ケアリー/DHC):
3冊目のケアリーはLoveカテゴリー。厳しい父に育てられた臆病者のオスカーは牧師になるが、生活のための賭博から抜け出せない。野心家のママから遺産を受け継いだルシンダは、誇り高く周りの評判を気にしないが、でも思うとおりに生きられるわけではない。ガラスに愛着を持つルシンダと無垢で純粋にガラスを褒めるオスカーは互いに惹かれるのだが、相手の思いがわからず自分からは言い出せずにうじうじ。奥地に越していったルシンダの知り合いの牧師ハセットにガラスの教会を届けたら、自分の財産をオスカーに分けよう、と約束をするも、それが結婚を意味すると気付かないオスカーは、苦労の末に到着して、そこにいた女ミリアムに絡めとられ、失意の中で失踪。純愛ではあるのだが、さっぱりロマンチックではなく、まだるっこしい。

(223) ミス・ブランディッシの蘭(ジェームズ・ハドリー・チェイス/創元推理文庫):
大富豪のお嬢様ミス・ブランディッシとその婚約者は軽率にも超高価な首飾りをナイトクラブに着けていった帰り道に強盗3人組(ちんぴらギャング、と登場人物紹介に書いてある)に襲われる。首飾りだけが目当てだった筈がうっかり婚約者を殺してしまい、困ってお嬢様を連れてアジトに帰る。美人で保護欲をそそるらしいお嬢様。どうなるかと思いきや、ちんぴらではない真正ギャングに横取りされてしまう。チンピラ達はその場で殺され埋められる。真正ギャングはチンピラの振りをして身代金を回収、お嬢様は返す予定だったのに、ギャングのボス(正確には陰のボスの息子)が恋着してしまう。お金はロンダリングしてよその町に移動し、お店を開店。お嬢様は麻薬漬けにして拘束。そこにようやく私立探偵が登場し、案外手際よく(怪我もするけど)真相を見抜いてお嬢様を救出するのだった。犯罪小説ではあるが推理する余地はないし、あまり面白いとも思わない。救出はしてもスカッとはしないし。そもそも題名の「蘭」ってどこに出て来たんだ?と思ったら、原題はNo Orchids for...えーっ!訳者あとがきによると「蘭はない」まで訳すと長すぎるということだったらしい。だからって。ぶつぶつ。

(224) 白衣の女(ウィルキー・コリンズ/岩波文庫):
岩波文庫だけど普通にミステリー。「白衣の女」って看護婦さんみたいだけど単に白い衣装の女。各人の日記や記録で構成。犯罪に至る過程から始まるけど、どういう犯罪がどう起こるのかは伏線がはっきりしてて想像付きやすい。推理小説としてはイマイチだけど、元祖だからな。被害者の姉のオールドミス、マリアンが魅力的。最後はボクの親友を紹介して安直なハッピーエンド、なんてことにならない所は好感持てる。

(225) 影なき狙撃者(リチャード・コンドン/ハヤカワNV):
朝鮮戦争下、騙されて捕虜になった一団にソ連は催眠術により超優秀なスナイパーを確保、米国の英雄にまつりあげる。上昇志向の強いお嬢様なママにコンプレックスを抱える彼は催眠術下の殺人をこなすが、唯一の友人(戦友)を救おうとしたことで仕掛けが壊れ始める。ちょっと荒唐無稽過ぎかな。主要人物も極端すぎる性格に思える。

(226) 殺人の詩学(アマンダ・クロス/三省堂):
女教授ケイトが探偵役となるシリーズの第三弾だそうだが。ケイト殆ど探偵してません。当時は自立した女性が珍しくてカッコ良かったのだそうだけど、今読むと全然古い型の女。推理小説としてもちょっと。一番疑わしい人がやっぱり犯人で、しかし動機がないと思っていたら、殺すつもりも害するつもりもなかった、って。いやいや。アスピリンが重要な役割を担うんだけど、これアスピリン中毒?2錠で?アレルギーにしては症状が変。変だからエレベーターの停止が致命的となったことにしたのかなと思うが、そもそも停止自体が意味不明。嫌がらせなら他にすることある気がするし、故障が起きれば業者が呼ばれて悪戯がバレるでしょう、普通。被害者が「しまった、アスピリンだ!」と言い残すのもなんだかな。そもそも頭痛薬をイギリスからお取り寄せは如何なものか。アメリカでは違う名前で売られているのを知らないだけじゃないのか?頭痛薬の飲み過ぎは頭痛の元なんだぞ。表紙の粗筋紹介には証拠の全てがケイトを指していると書いてあるが、そうは思わないし。みんなもあまりそうとは思ってなさそうだし。大学紛争の様子は少し面白いが、あまりちゃんとは描かれていない。原題のPoeticは、各所にオーデンの詩が引用されてるからだと思うが、Justiceは殺人ではないし、詩学でもないと思う。いろいろ気に入らない。ぶつぶつ。

(227) ラット・キング(マイケル・ディブディン/扶桑社ミステリー):
伊ペルージャを舞台に、大富豪誘拐事件に駆り出されるベネチア人のゼン警視。身代金を払ったのに殺されてしまう。警察が同行したせいだと言われるけど何か変。ラットキングは鼠の王だが、鼠が狭い所にくっついていると皆のしっぽがくっついて固まり、離れられなくなってしまう。でも死ぬこともなく互いにいがみ合いながらも生きていくそんな鼠の塊のことだそうで。気味悪。そんな鼠のように大富豪の子供たち+配偶者達は憎み合い、妬み合い、外部に向けては固まっている。登場人物はイタリア人ぽいのだが、食事がなんだかな。南部と北部の対立は想像付くし、ベネチアが別格でお目こぼしな感じも理解できる。アメリカ人彼女とは食べ物が折り合えない。そりゃそうだ。アメリカにはお金の他は自然しかない。そうそう。

(228) ダーティー・トリック(マイケル・ディブディン/扶桑社ミステリー):
オクスフォード出たのに流行に乗って世界を放浪している間にうっかり時流に取り残された中年男。母国に戻っても居場所がなく、外国語教師となるもジリ貧。成り上がり夫婦の財力で自分を取り戻せたような、かえって堕ちたような。でもお金がないとどうにもならない。不倫がバレそうになったところで運よく旦那が死んで結婚。お金は手にしたものの、奥さんの品性が気に入らないし、周りからも白眼視されている。上品な婦人に乗り換えようかと思っていたら妻が妊娠したと言い出した。自分はパイプカットしたのに誰の子供?まぁいいかお金貰って離婚して、と思ってたのに浮気相手が嫌味な元上司とわかってつい反撃の計画を立ててしまう。ところが当日に妻が階段からうっかり落ちて半死の状態に!浮気相手を誘拐して殺人の容疑を被せ、共犯者(素行の悪い生徒)は海外に脱出させる。無実の浮気相手はしかし状況証拠で有罪になり、妻の遺産を相続、狙っていた婦人ともいい仲になれてラッキーな日々だったが、証人が現れてまずい状況に。お金をもって海外逃亡!自分は犯罪者だけど、殺人はしていない。そして逃亡先の国と英国との犯罪者引き渡しは殺人に限られてるんだから大丈夫なんだもん。なんと!確かにこれは汚いトリック。

(229) 約束(デュレンマット/ハヤカワNV):
デュレンマットは光文社古典で短編集を読んでこれが2冊目。推理小説ではない。犯罪はあるが、犯罪を描いたものとは言えないな。探偵小説なら言えなくもないけど。腕のいい刑事のマテーイが栄転の前日、少女が惨殺される。ご両親に必ず犯人を捕まえますと約束、栄転をフイにして捜査にのめりこむ。容疑者は第一発見者の行商人。性犯罪の前科がある。みんなにお前が犯人だ!と言われる中、容疑者はあっさり自殺。凶器のカミソリも胃の中にあったチョコレートも、同じじゃないかもだけど持っていたし、それ以降犯罪は起きなくて、やっぱりあいつが犯人だったとみんな納得したんだけど。少女の友達の話を聞いたマテーイだけが別人が犯人だと考え、警察を辞めてまで個人捜査を続ける。更に被害者に似た孤児を引き取り、同じような格好をさせて囮捜査に発展!チョコレートくれる人物が現れて警察もみんなで待つが・・・犯人来ない。その後も囮捜査を続けるが孤児はいつか大人の女になり・・・。そしてある日、死にゆく老婦人が息子が真犯人だと告解する。息子は少女に会うために出掛けた途中で事故に遭ったのだと。捜査に執念を燃やす狂気のマテーイに真実を告げても全然聞いてない。あわれ。

(230) ビッグ・ノーウェア(ジェイムズ・エルロイ/文春文庫):
LAコンフィデンシャルの前夜、レッド・パージ時代のハリウッド。群像劇なのだが中では割と感じのいい方の(?)二人が死んでしまってビックリ。最後に残るのは小物に見える金欠のバズ。恋に生きる結末はちょっとかっこいいけどね、人が死に過ぎのように思う。それに都合よく整形で変身もどうだろう。でもLAだからなー。ありえるよなー。

2021年1月20日

ハヤカワepi文庫シリーズ (4)

既に他リストに掲載済みでも、光文社古典新訳については再度読み直すルールで読んでいるけど、ハヤカワepi文庫については、光文社古典で読んだものは再読しないことにする。なんでかっていうと、ハヤカワepi文庫は必ずしも「新訳」ではないし、光文社古典みたいに解説や後書きが充実しているとは限らないので。
というわけで、epi番号014の「うたかたの日々」(ボリス・ヴィアン)についてはパスとします。

(5) 心臓抜き(ボリス・ヴィアン):
ヴィアンは光文社古典新訳で読んだ「うたかたの日々」に続いて2冊目。これもシュールな話だけど、こっちはだいぶグロい。うたかたの方が好き。心が空っぽなので他人の話を聞くことで満たしたいという精神分析医のジャックモール。村の人が捨てた「恥」を拾って浄化するラ・グロイールが印象的だな。ジャックモール君が後継者になるのだが、ちゃんと全うできるのか?少し不安。心配症過ぎて息子たちを鳥籠に閉じ込めてしまうママはあるある。

(23) レス・ザン・ゼロ(ブレット・イーストン・エリス):
舞台はLA。大学の冬休みに帰郷した俺は、セレブな家族と食事したり、高校時代の友達と遊んだり。彼女も同級生だけど、4カ月間も連絡しなかったし、まだ恋人なのかどうなのか。自分はホテル王の孫。友達の親は映画関係者が多いし、モデルや俳優を目指す知り合いも多い。舞台背景はビバヒルなんだけど、青春!な感じはないし(未熟な感じはあるけど)、アメリカンドリームの欠片もないのは、時代や階層の差というよりもテレビドラマと小説の差なんだろう。著者は在学中に本書でデビューしたのだそうで、周りはこんなだったんだろうね、すごいな。学生時代に聞いていた曲がてんこ盛りで同時代感はあるのだが、ずいぶん違う青春だなと思う。もっとも全然羨ましくはない。

(24) ぼくは怖くない(ニコロ・アンマティーニ):
一昔前の南部イタリアの小さな小さな村。数家族しかいない。出稼ぎで生計を立てるが、テレビの向こうには裕福な生活が。主人公ミケーレは9歳。頭も力もソコソコだが、苛めっ子にやれっぱなしではない正義感の持ち主。ある日罰ゲームで入った廃屋で生死不明の子供フィリッポに出会う。ヒーローなら助けなくちゃ、と水やら食べ物やら持っていき守護天使だと言われてしまう。テレビニュースでフィリッポは身代金目当てに誘拐されたんだとわかるが、悪者は誰なのか?秘密を打ち明けた親友にも裏切られ、徐々に真相に近づいてしまう。もう関わっちゃダメとパパにもママにも言われたのにフィリッポを救出に向かうミケーレ。ぼくは怖くない!どう決着するのやらと思っていたらあっさりとバッドエンド・・・哀しい。

(53) 一九八四年(ジョージ・オーウェル):Guardian'sで済

(82) ならずものがやってくる(ジェニファー・イーガン):
A面に6曲、B面に7曲のアルバム構成。それぞれに主人公も時代も違うけど、全体のストーリーをいろんな側面で追う感じ。親から孫の世代。孫は現代(9.11後)。ヒッピーからロックの世代、広告マーケティングの時代、そして。現在ではA面/B面もないもんなー。盗癖のあるサーシャの物語は切ない。元上司のベニーと奥さんのステファニーは成功して郊外に家を構えるけど周りの真性お金持ち(は共和党支持者)といまいち仲良くなれない。パブリシストのドリーはパーティーで事故を起こして過去の人になったけど、将軍を広告する羽目に。お金になればなんでもいいのか?悩みながら、でも成功すると仕事は楽しい。娘のルルはクールだけど「ならずもの」の命がけコンサートを成功に導く。デジタルを信奉しながら、手作りに惹かれたりする。変わっていくのか変わってないのか。でも変わっているよねやっぱり。アメリカに限った話じゃないけど、でもとてもアメリカっぽい。

(87) 動物農場(ジョージ・オーウェル):
これもGuardian'sで読んだんだけど、ちくま文庫だったし、新訳だと書いてあったのでepiで再読することにした。でも印象変わらないなー(当たり前)。前に読んだ時よりハッキリとこれはソ連だなーと思える。でもコロナ禍の今、他人事ではなく、全体主義に向かう方向に危機感を感じる。私権を規制された方がある意味ラクではあっても、規制されない方がやっぱり望ましい。何で規制されないと行動できないんだろ。しかし、そんな国民だったら滅んでしまった方がイイとも言えないんだよ、やっぱり。難しい。

2020年12月22日

思い出の本と食べ物:あしながおじさん

 以前光文社古典新訳であしながおじさんを再読した際に、「解説に『美味しそうなファッジと言うお菓子に云々』と書いてあるが、そこまで読んでやっとあれファッジだったのか!と気がついた。子供の頃からキャラメルだと思ってたし、今読んでもキャラメルにしか読めなかった。訳文も『あめ』になってるし。」と書いた。AJの早合点でした。「あめ」は「あめ」で正しくて、ファッジは別の箇所で触れられていたのだ。ごめんなさい!


「あめ」と言ってたのは、左の挿絵が付いている箇所で、クリスマス休暇に帰省せずに大学寮に居残っている生徒たちが、食堂を借りて先生たちに振舞うお菓子を作る場面。正確には「糖蜜キャンディ(molasses candy)」。キャラメルというより「あめ」ですね。いわゆるイングリッシュ・トフィー?作った本人達も、もらった先生達の口もベタベタになったと書いてあったのでキャラメルを想像したんだけど。飴を作っても作る現場はベタベタするが、食べる方はベタベタしないような・・・意図せずキャラメルぽくなっちゃったのかな?同じ材料でも煮詰める時に高温にするとカリっとした飴(トフィー)になって、低温だとキャラメルぽくなる(タフィ)ものらしい。

「ファッジ」の方は、食堂調理の場面とは全く別の手紙で出てきている。本物のクリームとバターの塊を三個も使って作るので美味しく出来るだろうから、おじさんにお裾分けできないのが残念だ、とのこと。あと女子会ランチのメニューにも登場していた。読み直しても全然気づいてなかった(苦笑)。 

こんな間違いをしたのはちょっと背景があってさ。作者のウェブスターはヴァッサー・カレッジの出身と解説に書いてあって、その名を冠したファッジ(Vassar fudge)があるのをAJは知っていたのだ。女子大毎に自慢のレシピがあると聞いた。それで、あーあれは大学レシピを学ぶ会でもあったのねと早合点したのだった。

前置きが長くなった。ファッジとはこんな食べ物です。

本格イギリス風、ハロゲート生まれと書いてある。KALDIで買った。パッケージ写真はキャラメルみたいだけど、実体はもっと粉っぽい。食べると口の中でほろほろ崩れて、やたらに甘い!キャラメル味だけど食感は全然違います。Wikiによると「砂糖の結晶が大きいから」だそうな。濃厚な甘さだけど、口の中はサッパリしているので何個でも食べられる。でも甘いことは甘い・・・

ちなみにVassar fudgeはチョコレートが入って更にリッチなことになっています。ナッツを入れたりドライフルーツを入れたり、いろいろバリエーションがあるらしいです。どっちにしても濃密な甘さに変わりはなさそう。

2020年12月18日

Guardian’s 1000 (22)

今回もCrimeカテゴリを多めに。推理小説って賞味期間が短いというか図書館からいなくなるのが早いことに気づいた。SFも早めだが推理小説ほどじゃない。

(211) グッドマン・イン・アフリカ(ウィリアム・ボイド/ハヤカワ文庫):
訳者あとがきにもあるけど、グリーンぽい。アイスクリーム戦争と同じ人だけど、こちらはユーモアたっぷり。在アフリカ英国外交官のモーガンは、理不尽な周囲に振り回されるGood Man。ま、本人もかなり自分勝手なんだけど。言い寄られてると思った上司の娘にはあっさり振られるし、雇人たちは言うこと聞かないし、恋人は思い通りにならない上に性病持ちだし、上司はとぴっきり無能でワガママ。堅物の医師は正義漢なのだが哀しい最期を遂げてしまう。映画化されているそうだ。描きようによってはしんみりすると思うが、例えばMr.ビーンが主人公を演じたら笑いっぱなしになること間違いなし。

(212) 夜中に犬に起こった奇妙な事件(マーク・ハッドン/ハヤカワepi文庫):
Comedyカテゴリだがこれはユーモア小説ではないと思う・・・自閉症?なクリストファーがいろんな困難と闘いながら、でも一人で頑張っていく話。無理解な人もいるし、理解しようとする人もいる。子供思いのパパやママでも傷つけてしまうこともある。知らない人の親切をはねのけてしまうこともあるし、警官とか従うべき人に従えなくて大ごとになることもある。クリストファーも自分なりに頑張る。我慢もするがやりたいことはちゃんと伝える。そしてだんだんに道が開けていく。個性だからね、と受け入れることは口で言うほど簡単じゃない。でも受け入れられる私でありたい、とは思う。一番大変なのは本人なんだしね。

(213) 青白い炎(ナボコフ/岩波文庫):
2014年新訳で。不思議な読み味の本。光文社古典で3冊読んだけどこれが一番好きかも。Comedyではないと思う。強いて言えばTravel?でも逃避行が主題でもないしな。不条理ぽいのだがファンタジーぽいところもあり、わかりにくい本ではあるが難解ではない。殺された老詩人が書いた英語の「青白い炎」という名前の詩集(ていうか詩篇?原文付き)を中心に、隣家に住んでいた外国語教授(=語り手)が前書きと註釈を付けて出版という構成なのだが、いわゆる信頼できない語り手というやつ。前書きもかなり註釈は殆ど、老詩人よりも自分のドラマチックな前半生が描かれている。それが詩の主題になっているかというと・・・詩の中に暗殺者の名前が隠されていると主張するが強引すぎるような。そもそもアンタは誰なの?とにかく不思議な本なのだ。研究書を書きたくなる気持ちはよくわかる。卒論には良くても読書感想文には向きませんので念のため。

(214) ニューヨーク三部作(ポール・オースター):
Guardian'sでは1タイトル扱いになっているのだが、実際にはそれなりの長さの小説が3つ。どれも推理小説とは言い難いのだが味わいがある。三部作というだけあって続けて読むべき作品群。
ガラスの街(新潮文庫):推理小説じゃない。犯罪小説ですらない。でも「私立探偵」は出て来る。私立探偵ポール・オースター宛の間違い電話を受けてしまった推理小説作家のクイン。依頼者は子供の頃に自分を幽閉した父が出獄してくるのを恐れている青年。探偵のフリをして駅で父親を見つけて尾行し、知らない他人を装って話をしたりするが、老人に巻かれてしまう。老人とも依頼人とも連絡が取れなくなり、困って電話帳のポールオースターを訪ねたら、探偵ではなくこちらも小説家。気になって路上で依頼人宅を見張り続けるクイン。1か月で持ち金が尽きてアパートに戻ると、部屋は解約されて別の人が住んでいる!持ち物も失って小説を書く気も失せて・・・クインはどこにいってしまったのでしょうか。推理小説じゃないけど面白い。ニューヨークぽい。
幽霊たち(新潮文庫):更に推理小説じゃない。事件も起きない。でも私立探偵は出て来る。私立探偵ブルーは怪しいホワイト氏から依頼されてブラック氏を終日見張る。しかしブラック氏はほとんど外出せず窓辺で何か書いている。尾行も殆どなくてつまらないブルー。ホワイト氏の正体を知ろうとするがうまく行かない。変装してブラック氏に接触するもらちが明かない。恩師のブラウンは当てにならず、彼女からも捨てられて、自分を見失っていく。とうとうブラック氏と対決してみると書いていたのはなんと自分の物語!
鍵のかかった部屋(白水Uブックス):全然推理小説じゃない。私立探偵クインも脇役としてしか出てこない。幼馴染ファンショーの妻から残された原稿を託される文筆家の私。良い作品なので出版することになる。ファンショーは生死不明だが生きていないと思うと妻は言う。魅力的な妻に恋してしまい、結婚して一緒に暮らし始める。ファンショーの作品は話題となり印税も入り、自分で書いたのでは?とみんなに言われる。学校を出てからは音信不通だったファンショーの一生を手紙とかインタビューで再構成して本にしようと調べ始めるが、調査にのめりこんで自分がファンショーなのか?ファンショーは何者なのか?パリまで行くけど答えは出ない。インタビュー本は諦めて幸せに暮らそうとするところに、ファンショーからお手紙。鍵のかかった部屋から出てこないファンショーから最後の原稿を託されてしまう。自分が作り上げたファンショー作品を鮮やかにひっくり返す内容。しかし電車で原稿を一枚一枚破り捨てて、僕は自分の生活に戻るのだった。

(215) 毒入りチョコレート事件(E・C・ベントリー/創元推理文庫):
推理好きが集う犯罪研究会は、警視庁協力の元に事件の真相を推理することになる。女好きの男に届いたチョコレートをもらった夫婦が犠牲となり妻が死んでしまった事件。6人のメンバーは順番に自分の推理結果をプレゼンするのだが、みんな意見が違う。真実に近づいていく。定番の「配偶者」や、意外のボク!(も条件に当てはまる。ボクじゃないけど)。次々に新情報がもたらされ、真実に近づいていく。伏線はキレイに張られていて最後まで行く前に犯人はわかるのだが、この趣向は面白い。でも真似すると確実に「チョコレート事件ね」と言われてしまうよなー(笑)

(216) レイディ・オードリーの秘密(メアリ・E・ブラッドン/近代文藝社):
老男爵との玉の輿結婚に漕ぎつけた美貌のルーシーは実は。外国で一儲けして置いてきぼりにした妻と息子を迎えに来たジョージは、妻の死亡告知を新聞で読んで意気消沈。慰めようと伯父の館に連れ出した弁護士のロバートはしかし旧友を見失ってしまう。旧友を探している内に奥方の秘密はだんだんと暴かれる。ルーシーも非情かもしれないがジョージもひどいよね。裏切られても無理ないと著者(女性)は思っていたのが冒頭の伏線でわかる。可愛そうなルーシーは、殺人未遂は見逃されても狂人として施設に収容されてしまう。情が薄い女はそんなに悪いのか?言いたいことはあるようだが、言えてないのが残念。

(217) ネオン・レイン(ジェイムズ・リー・バーク/角川文庫):
ハードボイルド警察小説。舞台はニューオーリンズ。暴力と麻薬が蔓延する世界は暗い。どこの組織も腐敗が進む。希望がないわけじゃないけどしかし。でもアメリカの他の街より、食事を大事にしてる感じで美味しそうだな。でもとにかく暗い。

(218) 三十九階段(ジョン・バカン/創元推理文庫):
冒険小説。犯罪は一応あるのだが推理の余地はない。南アからロンドンに帰国したお気楽なお貴族様は、アパート上階の住人から助けを求められ、話半分に聞いてたのに当人(自称ジャーナリスト)は殺されてしまう。えっあの話本当だったんだ!とびっくりしながら悪者と警察を避けて逃避行。思いつきで様々な冒険をするが、親切な人もアヤシイやつもいる。最後は残された手帳の謎を解いて「39段の階段があって特定日時に満潮になる」場所を見つけて、怪しげな屋敷に入り込み、怪しそうに見えないやつらに騙されずに敵に打ち勝つ!敵はドイツ人だから撤退も計画通りに行う筈だ!って、まぁそうなんだけどさ(笑)。

(219) ケリー・ギャングの真実の歴史(ピーター・ケアリー/早川書房):
ケリー・ギャングの名で知られるオーストラリアのダーク・ヒーローの「真実の」ドキュメンタリー風。鼠小僧みたいな感じ?仲間がいる点では清水の次郎長かな。銀行とかを狙っても人は殺さない。警官は殺すが警察の横暴を知っている市民からは支持されたりするが、密告もされるし裏切りもしょっちゅう。鼠小僧みたいにメディアに持ちあげられ(鼠小僧の場合は後世の、かな)ヒーローになるが、本人は本人なりの正義を持っているけど持っているだけ。娼婦として登場する奥さんのメアリが後半は行動派でカッコイイ。女って強い!

(220) 最後の物たちの国で(ポール・オースター/白水社):
こちらはオースターでもSF&Fカテゴリ。何もかもなくなっていく荒廃した世界。物がなくなるとその記憶も薄れて単語までがなくなっていく。何が理由でこんなことになったのか語られていないのだが、この「国」限定の話らしい。「政府」はあるが機能していない。取材に出掛けたまま行方不明の兄を追ってやってきた私。絶望的な毎日の中、優しい老女イザベルに出会ったり、偶然逃げ込んだ図書館に小さな避難所があって兄の後任のサムと出会って恋仲になったり。妊娠して希望を持ったころにうっかり騙されてビルから飛び降りて逃げる!ところが親切な施設に引き取られて、施設主ヴィクトリアと恋仲に。楽園は長続きしないが、サムとも再会出来て、仲間と一緒に街の外へと脱出を計画する。つまりラストには希望が残されていてAJ好み。去年ならこの絶望的な荒廃を暗いファンタジーとしてしか読めなかったかもだけど、コロナ渦の今、「社会」のもろさを実感したので他人事じゃない。ま、コロナはそこまでひどくはならないと思うけど、もっと質の悪い病が出てくる可能性もあるわけだし、地球温暖化や資源の枯渇も「遠い未来」とは限らないのだ。物はなくなっても物語はなくしてはならない、きれいごとだけど。

2020年12月4日

ハヤカワepi文庫シリーズ (3) 

ハヤカワepi文庫シリーズの第三弾は、トニ・モリスンとコ―マック・マッカーシーの固め読み結果となっております。グリーンやイシグロと違って、二人とも私の好みとは言えないのだが、読んで損はない本が多いよ。

(56) 越境(コ―マック・マッカーシー):
ニューメキシコからメキシコへ馬でふらっと行ってしまうビリー。放浪から帰ると父と母は殺され、弟はよその家に引き取られている。弟を連れ出して盗まれた馬たちを取り戻しにまたメキシコへ。うまく取り戻せたと思いきや復讐されてしまう。バラバラになって逃げて帰るも弟が戻らないので再度メキシコへ。瀕死の傷だらけの弟を助けると、前の旅で別れた少女を連れ戻してほしいという。連れ戻したら二人で出て行ってしまい・・・仕方ないからまたアメリカに戻って入隊しようとするも健康上の理由で断られ、そうこうしている内に弟が死んだと言われてまたまたメキシコへ。埋葬されていた遺骸を掘り出してアメリカに連れ帰る。相変わらず暗い小説だ。闘う少年たちも匿ってくれる大人たちも強いし健気なんだけど、全体的に暗くてAJ好みではないんだよ。アメリカっぽいとは思うんだけどさ。

(58) 平原の町(コ―マック・マッカーシー):
「すべての美しい馬」のジョン・グレイディと「越境」のビリーが出会う。老いたビリーが描かれるエピローグは現代。禅問答的。相変わらず暗くて好みではない。

(55) スーラ(トニ・モリスン):
常識的な家庭に育ったネルと自立心の強い女系家族のスーラは何故か仲良し。秘密も共有する。家を出たスーラがふらっと帰ってきて、あちこちの夫に手を出しては捨てて、街の嫌われ者になる。友達だったネルも亭主を寝取られ&逃げられて敵に回る。スーラを魔女扱いすることで結束していた街は彼女の病死により崩壊していく。自分のことしか考えていないスーラはそのことを隠さない。愛とか気遣いって案外偽善だったりするもんなー。でも偽善でもあった方がよかったりするんだよなぁ。亭主がいなくなって寂しいと思っていたネルはある日、スーラを失ったことが寂しかったことに気づく。うーむ。女の友情って難しい。男の友情も難しいのかもだけど。

(59) ジャズ(トニ・モリスン):
舞台は珍しくNY。電車で踊りながら上京した若いカップルは中年になりなんだか倦怠期。ジョーは若い女に入れあげて、しかし結局拒否されて彼女を殺してしまう。殺された女ドーカスの葬式にやってきた妻のヴァイオレットは遺体に切りつけて「バイオレント」と呼ばれるようになる。ジョーもバイオレットもドーカスも、その親や祖母・叔母も、それぞれの事情を抱えて、でも希望を持ってアメリカ国内を彷徨う。NYシティはそんなみんなを惹きつける。惹きつけて離さない。なんでここにいるんだっけ?地に足のつかない都会生活。同じ毎日の繰り返し。でも救いがないわけじゃないのよ。夢の国アメリカ、とは言えなくてもさ。

(61) パラダイス(トニ・モリスン):
話が時系列で進まないので読みにくい・・・登場人物の家族図が最後にあるのに読み終わって気づいた。せめてこれが先頭にあれば、ぶつぶつ。肌の黒さゆえに黒人からも差別された黒人たちの誇り高い開拓村。差別された側の方が案外差別意識が強くなったりする。どこでも弱い者いじめはありうるのだった。はみだし者の女たちの連帯が魔女っぽいと迫害にあう。しかしその後何が起こったのか女たちはいなくなってしまう。いなくなっても、いなくなってはいない。伝統は変わっていく、それがイイことなのか悪いことなのか?変わることは悪いことではないと思う。でも変えればいいってものでもないよね。深い、のだが、ストーリーが込み入ってることもあってちょっと読みにくいなー。ビラブドの方が好き。

マッカーシーの(4)すべての美しい馬、(60)ザ・ロード、(94)ブラッド・メリディアン、トニ・モリスンの(6)青い眼が欲しい、(54)ソロモンの歌、(57)ビラブドはGuardian'sで済。

2020年11月4日

ハヤカワepi文庫シリーズ (2)

ハヤカワepi文庫シリーズの第2弾は、カズオ・イシロの固め読み。「日の名残り」も「私を離さないで」もいいと思ったけど、「忘れられた巨人」がAJ好みです。前回同様、先頭の番号はハヤカワepi文庫についている通し番号です。

(10) 遠い山なみの光(カズオ・イシグロ):
戦後の長崎を舞台に、幸せになりたい若妻悦子と子持ちの「アメリカさん」佐知子。悦子はその後英国人と恋愛してイギリスへ渡ることになる。解説で池澤夏樹が訳を褒めているが、微妙。日本の描き方に違和感があるが、でもこれは日本人が書いたわけでも日本語で書いたわけでもないしなー。日本人にとって違和感なく訳すのが正解とは言えないのは理解する。でも読んでいてやっぱり気になってしまう。「浮世の画家」は気にならなかったので、「長崎」じゃなくて、新型爆弾で壊滅的被害を受けたN市、とかであれば気にならなかったのかも。どうしても長崎には見えません。地元人どうしで標準語で会話してるし。呼び掛けの「万里子さん」も気になるが、「お母さま」はもっと違和感ある。悩ましいので日本人に限って読まない方がいいかも。

(33) わたしたちが孤児だったころ(カズオ・イシグロ):
清帝国末期の上海租界で両親の相次ぐ失踪で孤児となったクリストファーは、ロンドンで長じて名探偵になり、両親を探すために上海に帰ってくる。幼馴染の日本人アキラ、玉の輿志向の美女サラ、健気な孤児ジェニファー。みんな魅力的。一人で闘ってきたと思ってたのに実は母親に守られていたと知る。切ない。美人でお茶目で芯の強いお母さんが超魅力的で、マザコン小説に感じる。推理小説とも探偵小説とも言えない気がするが、強いて言えばファンタジーかな。

(63) 夜想曲集(カズオ・イシグロ):
「音楽と夕暮れをめぐる5つの短編集」。短編を寄せ集めたわけではないし、物語の間に微妙な連関もあるので、ひとつのnovel扱いでcomedyカテゴリーに入れてくれてもいいのに。あっ、2009年発表だから無理か(笑)。イシグロらしい味わいはあるけどこれはcomedyカテゴリだと思う。特にドタバタの「夜想曲」。「降っても晴れても」の友人に振り回されるレイモンド君はバーティ―を彷彿とさせるが可哀そうにジーヴスがいない。ロマンチックな「老歌手」と「チェリスト」はベネチアが舞台でちゃんとベネチアっぽい(観光客の魔法の国、ベネチア)。モーバンヒルズは英国の田舎が舞台だが脇役の元教師フレーザー婆さんがいそうで笑える。一番驚いたのは訳者あとがきで、英国における短編市場は長編よりうんと小さいということ!日本は短編集市場が結構大きい気がするけどな。二匹目のどじょうが短編集になりがちなだけ?そうかも。

(95) 浮世の画家(カズオ・イシグロ):
酒と女の夜の世界を描く師匠(=浮世の画家)を乗り越えて(裏切って)社会派というか忠君愛国的な絵を描いたらしい主人公。戦時中はお国の役に立ったが、戦後は風向きが冷たく、娘の縁談もそれで進めないような。幼い孫からも気を遣われているような。でも本人は後悔はしていない。今見ると思想として間違ってたけど、でもやらなきゃいけないと思ったことをちゃんとやったんだもん的な。一理ある。正義なんてあってないようなもんだしなー、かつての「偉業」を自分の意志ではなかったと誤魔化すよりは正直なのかもしれないが、自分の意志ではなかったと思いたくなる気持ちもわかる。どっちが正しいということじゃないよな。舞台は日本。違和感はないが、そうそう日本ってこんな感じ、ていう感じもない。たぶんここだなという感じもしない。東京じゃないと思う。別にどこかを描きたかったわけでもないんだろうけど。
ちなみにハヤカワepi文庫シリーズには「浮世の画家」が2種類ある。新訳が95番で古い方が39番。あまり違わない気がするけど、私が読んだのは95番の方です。

(91) 忘れられた巨人(カズオ・イシグロ):
アーサー王伝説を踏まえた物語。竜退治が主題のファンタジーではあるのだが・・・深い。アーサー王は侵攻するサクソン人を単に撃退したんだと思ってたけど、闘いの後で先住ブリトン人とサクソン人が「仲良く」暮らすための施策を行った。法律は怪しくなってきたが、もう一つの秘密の施策はまだ有効。それは魔法の力により過去を忘れさせるものだった。互いに殺戮しあった記憶が生々しいと「仲良く」暮らすのは難しいから、あと数世代竜を活かしておきたいアーサー王の騎士。復讐心から竜を倒したいサクソン側の騎士。単に記憶を取り戻したい(ような気がする)老夫妻。難しい。フタをするのはどうかと思うが、蓋を開けたらどうなったかも想像できるしな。難しい。そもそもそんな凄惨な戦いはすべきじゃなかったのだが、もう起きちゃったんだし。今の時代にも通じる重い課題。課題の深さも魅力だけど、登場人物が素敵。特に老夫妻。記憶を取り戻したら嫌いになるかも、忘れていくから愛情が続くのかもと思いつつ、でも常にそばにいたい。「お姫様」と呼びかけるのもいいなぁ。二人がどうなるかは書いてないが希望はある。周りからEnglandと呼ばれてもGBとも自称する英国。思うところがあるんだろうね。こうしてみると日本の歴史は平板だ。そう思っているだけかな?実は日本にこそ雌竜の息が健在だったりなんかして。ありうる。

(3)「日の名残り」、(47)「充たされざる者」はGuardian’sで、(51)「わたしを離さないで」はゼロ年代の50冊で済。

2020年10月26日

Guardian’s 1000 (21)

今回は1冊が多かったのでさくさく進んだ。光文社古典には収載されないだろうCrimeカテゴリが多め。

(201) ファントマ(ピエール・スヴェストル、マルセル・アラン/風濤社):
「ファントマ」が怪人の意味だとは知ってたけどこのシリーズが元だったのか。誰が犯人なのかはすぐにわかってしまうし、トリックは超人過ぎるので、推理小説ではなく冒険活劇スリラーだな。ルパン的な超人ぶりのファントマは紳士的なこともあるが強盗殺人なんでもござれの極悪人。そして超人はファントマだけではなく、追う方の警部も超人、巻き込まれる被害者も超人がいたりして、そんなのありか活劇。面白いことは面白いのだが、面白いだけかも。

(202) ディミトリオスの棺(エリック・アンブラ―/ハヤカワミステリ):
イギリススパイ小説の元祖だそうだ。探偵小説を書くラティマーは、イスタンブールでたまたま知り合った自作のファンの好意で、かつての国際犯罪者ディミトリウスの他殺体を見物。どんな犯罪者だったのかなと調査していくうちに怪しい男につきまとわれる。自分が見た死体は実は別人?迷いながら好奇心から恐喝にお付き合いして当人と遭遇。絶体絶命の危機を運よく回避して終わり、ってそんなご都合主義な。金で雇われる戦争の黒幕。単なる冒険小説ではないのがイギリススパイ小説の伝統なんだろう。見習えよ007!

(203) あるスパイへの墓碑銘(エリック・アンブラ―/創元推理文庫):
国籍をなくした語学教師がリゾート先で写真を現像に出したら覚えのないものが写っていていきなりスパイ容疑で逮捕。よく考えたらカメラを取り違えてた。同じカメラを持っていたホテルの誰かって誰?調べ始めてみると誰も微妙に怪しいような。しかしバタシー君やることがダメダメでドツボにはまる。滞在客はそれぞれに裏事情があったことが最後にわかる。そしてバタシー君は当局の諜報機関の人だったという結末を押し付けられ、逃げるようにパリに戻るのだった。各国人の描き分けも楽しく読めた。

(204) トレント最後の事件(E・C・ベントリー/創元推理文庫):
素人探偵トレント恋に落ちる。ホームズばりの千里眼だが動機のところで間違って残念。トリック満載の割に結論はシンプルでいまいち・・・

(205) マルタの鷹(ハメット/ハヤカワミステリ):
魔性の女は誰にとっても天使じゃないといけない。確かに同性に通用しないならただの性悪女だもんな。騙されないし許せないのに惹かれていることを隠さないサム・スペードは強い男だと思う。表題の鷹の像についてあっさり終わり過ぎ。もう少し謎というか因縁が欲しかったなぁ。しかしマルチーズって「マルタの」って意味だったのか!犬のマルチーズはマルタ生まれに見えません。

(206) 血の収穫(ハメット/創元推理文庫):
ハメットの長編第一作。私立探偵が主人公で元祖ハードボイルド。暴力シーンは多いのだが、人が死に過ぎと思う。血で血を洗う抗争ってやつ。当然男性が多いのだが、若い情報屋ダイナちゃんが魅力的。娼婦の割には女を売りにしない。さすが高級娼婦は違うね。頭が回るし腕っぷしもなかなか。酒も強いが怖がる時はちゃんと怖がる。カッコイイのになんで殺されちゃうんだよう。

(207) キャッツ・アイ(マーガレット・アトウッド/開文社):
小学生の頃、女子グループ内の虐めを乗り超えた主人公。今では自立した画家でバツイチ子持ち、再婚もしていわゆる成功した人生。かつて虐めていたコーデリアとは高校で再開し立場が逆転。復讐したい/しているような、そうでもないような。でも間違いなくトラウマにはなっている。自伝的作品だそうな。あるあるだけど、細部がやっぱりうまいよね、単なる自伝ではこうはいかないと思う。キャッツアイは虐められていた私のお守りだったビー玉。虐められている子が読んでも参考にはならないと思うが、しかしうまい。ハッピーエンドではないけど希望はある。ていうか絶望はない。しみじみと読める。自分の子供時代を思い返す。

(208) 侍女の物語(マーガレット・アトウッド/ハヤカワepi文庫):
近未来ディストピア。宗教系団体がクーデターを起こして北米を支配。「普通の生活」から10年経ってない程の近未来。1985年発表ということは20世紀内なのか。愕然。主に女性の権利を抑圧する様子はイスラム教チックだが、聖書ベースのキリスト教らしい。いわゆる福音派?まずは職場から女性を「解放」、女性の財産は夫や父などのものとなりクレジットカードも使えなくなる。うーむ。現実的。女性は青い服の「奥様」と緑の服の「女中」、赤い服の「侍女」の3種類となる。「侍女」は妾というより露骨に子供を産むための存在。3種類のどれでもない女性は「非女性」として姥捨て山行き。男性も特権に応じて子供を持てるか決まるなど抑圧はあるのだが、女性についてより多くが割かれている感じ。ディストピアに慣れ切った住人ではなく、つい先日の普通の生活が思い出されるのがイイ。赤い服の描写も細かい。顔が見えにくいように、ベールでもマスクでもなく「白い翼」が付いている。カッコイイ・・・。出口のない生活から脱走を図るが、うまく行ったかどうかは謎、の過去の物語(200年くらい前)として提示される。1985年といえば、東西戦争も行き詰まってきて明るい未来が見えた気がしていたころ。20年でテロ戦争に変わり、また20年で違う危機になっている。こんなに簡単に世界って変わる。ま、現在となっては本を読まなくても実感できるんだけどさ。絵的にアニメ向きだが、浅くなるのでアニメにしないで欲しいです。

(209) 瘋癲老人日記(谷崎潤一郎/中央公論社):
瘋癲(ふうてん)な老人の日記。息子の嫁に恋着する病持ちの金持ち爺さん。しっかり者の嫁は水商売出身で舅を見事に翻弄する、ように老人には思える。創作なのはわかるのだが、実話ベースにしか思えない。Wiki見てみたらやっぱりモデルがいて実話が混ざっているようだ。だろうなぁ。これは谷崎にしか見えませんよ。普通、谷崎と言えば痴人の愛か細雪だと思うのですが。本作はスキャンダル過ぎる気がするんですが。まぁ谷崎らしい作品だと言われるとそうなんだけどさ。枯れずに頑張る!と主張する男性週刊誌は多いが、傍から見ると結構キビしいと自覚はしないとね。こんな風に自分を曝すのが谷崎ではあるが、見たくなかったなぁという気持ちが半分、でも老醜を見ないふりするのもダメだよなぁと自戒の気持ちも半分。

(210) イワン・デニーソヴィチの一日(ソルジェニーツィン/新潮文庫):
強制収容所(ラーゲル)で過ごすイワン・デニーソヴィチ・シューホフのありふれた一日を起床から就寝まで。酷寒の中、三度の食事と作業の間に繰り返される点呼と整列。過酷で希望のない毎日にも慣れてしまう。管理する側もされる側もズルをするし悪党もいる、不公平もある、人種偏見もある。でも、労働に熱中する楽しさや班で一致協力する喜び、稀に仲間に見せる優しさや神様への感謝とか、小さな幸せもある。小さすぎる幸せだけど。登場する囚人の多くは政治意識の薄い巻き込まれ型。それでも「あいつは悪いやつだから一律25年」になったのだろうなぁ。さもありなん。そんなソヴィエトは既に過去の話ではあるけど、あんまり他人事じゃないなぁ。今読んでも古くない話。

2020年10月11日

新シリーズ開始:ハヤカワepi文庫シリーズ

やっとハヤカワepiシリーズを書き始めます!全部で100タイトル弱。Guardian’s他で既に3分の1が収載済なので案外早く終わっちゃうかも。一覧はこちら。
第一弾は、Guardian’sで読んでみて面白かったグレアム・グリーンの固め読み結果になってます。ちなみに先頭の番号は、ハヤカワepi文庫についている通し番号です。

(28) おとなしいアメリカ人(グレアム・グリーン):
ベトナム戦争直前のサイゴン。英国人ジャーナリストはアメリカ青年に美女フォンを奪われるが、青年は殺されてしまう。日本帝国撤退後にアジア独立の機運が高まったのは知ってたけどこんな感じだったのか。旧宗主国フランスはなんだか分が悪い。そこにアメリカが乗り込んでくる。相手がコミュニストだかららしい。アメリカ青年本人は素直で真面目ないいやつなのだが、やってることは怪しい。各国ジャーナリスト達もフランス軍も結構怪しいし、麻薬漬けの現地人もやっぱり怪しい。確かになんでアメリカが参加したのか。そんなにコミュニストが怖い?どんな利権があるんだと思うよねーやっぱり。

(75) 国境の向こう側(グレアム・グリーン):
短編が16。表題作は前書きによると途中で投げちゃったものらしく尻切れトンボ。「最後の言葉」は1984的ディストピア小説で、記憶を失った老人が最後にはちゃんと?ローマ教皇として葬り去られる。信仰も忘れたけれど、やっと安寧を得られると思わず主を称える様子に、狼狽する国家元首。ありそう。「エッフェル塔を盗んだ男」イギリス人のパリ嫌いって感じで笑える。「中尉が最後に死んだ」落下傘で降りてきたドイツ軍が酔いどれ親父に退治されてしまう。なんか哀れ。レストランを格付けするのは実は諜報活動の隠れ蓑って笑える。これもフランス嫌いな感じ?

(32) 事件の核心(グレアム・グリーン):
アフリカ植民地で警察副署長を勤めるスコービーはなんだか不運。仕事はマンネリだし妻は煩わしいし友達もいない。妻の旅行中に若い未亡人とうっかり恋仲になるが、カトリック教徒としては姦通に悩む。どうしてこんなことにと思っている内に妻は帰宅するし昇進も決まる。でも全然幸せになれない。恋人も捨てられないし妻の期待も裏切れない。信じられると思っていた少年召使も信じられなくなる。悩んだ末に心臓の薬を大事に取っておいてこっそり一気飲み。残された妻と神父さんは、彼は神を愛していたのだ、と話し合う。神だけを愛していたと。うーむ。救いよりも罰を与える神様。ていうか、救いよりも罰が欲しいと思うのが信仰なのか。事件の核心はいつも切ない。

(31) 二十一の短編(グレアム・グリーン):
短編が21。「特別任務」特別秘書の仕事は身を清くして免償を得ることなんだけど実は。ありそう。懲りずに次の秘書を探すのが笑える。「ばかしあい」は老詐欺師二人がそうと知らずに互いの子供の玉の輿を狙う。当の二人は事実を知った上で乗る。ハッピーエンドでいいね(笑)。腹鳴がすごすぎる「能なしのメイリング」。まとめて読むと同じように見えちゃうのが難。

(38) ヒューマン・ファクター(グレアム・グリーン):
地味で真面目な諜報員モーリスは実は二重スパイ。情報漏洩に気づいた組織はしかし同僚のデイヴィスを抹殺してしまう。このまま辞めればわからないけど、でも。最後の仕事をすることで自分の立場を明かし、東側へ逃亡する。残された黒人妻と息子と再会できるのか、幸せになれるのか、でもいったいどこで?

(30) 負けた者がみな貰う(グレアム・グリーン):
丸谷才一訳。社長が招待してくれた筈の結婚記念豪華バカンス。ところが社長は現れず。滞在費を支払うために大博打。忘れちゃダメじゃん、社長。後味も良いユーモア小説。

(73) 見えない日本の紳士たち(グレアム・グリーン):
表題作を含めて短編が16。色恋の軽い話が多い。レストランにいた日本の紳士たちが「見えない」表題作はあまり面白くない。新婚夫婦を巡る「ご主人を拝借」はちょっと面白い。一番好きなのは、別れた女があちこちに顔を出す「過去からの声」かな。これは怖い。でも笑える。

(35)ブライトンロック、(1)第三の男、(29)権力と栄光はGuardian’sで収載済

2020年9月24日

Guardian’s 1000 (20)

祝200タイトル読破!前に読めなかった既読2タイトルも読破出来ました。

(191) キャッチ=22(ジョーゼフ・ヘラー/ハヤカワ文庫):
上巻は今一つ意味がわからず、読みにくくて進まなかったけど、下巻はスッキリすいすい一気に読み切った。第二次世界大戦のイタリアで戦うアメリカ空軍兵。著者の経験をもとにしたフィクション。でもよくある戦記物ではない。最も感心したのはマイローのM&M商会。敵とも取引何でも取引はありそうだが、みんなが一株ってのがスゴイ。誰も戦闘はしたくないが、出世はしたいしお金は欲しい。うーむ。イタリア人娼婦もいそうな感じだし、おじいさんも。ローマは亡びてもローマ人は永遠なり。catch-22とは、22条(架空)の落し穴、てことらしい。あれ?邦題はなんでイコールになったんだろ?荒唐無稽な話も確かにあるけど・・・これはComedyとは言わないと思う。
 
(192) 卑しい肉体(ウォー/新人物往来社):
ユーモア小説。2012年新訳で。恋人ニーナと結婚したいアダム君は大金を手にしたと思ったら気のせいだったり、ないことないこと社交欄に書く記者になって売れっ子と思いきや、逆鱗に触れて失職。ニーナにも振られてしまう。パーティーの毎日を送るセレブ?さんたちの日常。表題は聖書から。至高の神様に比べて、ダメな私たち人間、という意味合いらしい。ラストで戦争が始まって、戦地でニーナの手紙を読む。ロンドンは案外相変わらずらしい。大転落で出てきたレディ・メトロランドがちょい役で登場。南米に送る娘を調達している。
 
(193) スクープ(ウォー/白水社):
2015年新訳で読んだ。素直にユーモア小説。同姓の別人と間違われてアフリカの紛争地?の海外特派員に任命されてしまうウィリアム。上司やデスクは勿論、特派員仲間は輪をかけた嘘つき。正直に「なにもありません」と報告するウィリアムは解雇寸前になるが、同僚がガセネタで首都を離れた時、初めての恋人(人妻)や同窓生の現地役人のコネで偶然本物の特ダネをつかむ。夫の帰国で恋人を失って失意の帰国するが、周りは大歓声。爵位進呈という段になって、今更人違いが判明。なんとか誤魔化そうとした上司は田舎に戻ったウィリアムを説得しようとやってくるが、散々な目に遭い説得を断念。しかし結局、調子のいい伯父が受け取りに来て・・・結果オーライ??ジャーナリズムに対する痛烈な批判。イギリスのアフリカ統治や政治、パーティーピーポーについても荒唐無稽な記述で、でもそうだろうなーと思わせる。
 
(194) 一握の塵(ウォー/彩流社):
うっかり浮気にはまるブレンダ。息子のジョンが事故死したのに、恋人のジョンかと一瞬勘違いして自分の恋心に気づく。でも相手は本気ではなく。言うなりに離婚に応じるために偽装不倫までする人のいいトニィ。傷心を慰めに出掛けたアマゾン冒険で未開地に取り越される・・・可哀そうすぎ。ユーモア小説でも救いがなさすぎだ。「もう一つの結末」は安心だけど、面白くはないかもなぁ。
 
(195) 銀河帝国攻防史<1>(アシモフ/ハヤカワ文庫):
再読。やっと読めた。ファウンデーション。そうそうこんな話だった。知識を後退させないために百科事典を作る科学財団ファウンデーション。科学者育成のためのエリートを集めて宗教者として育てる。宗教でその他大勢を指導。ところが宗教だけでは破綻がやってきて、科学技術で世界を支配。ところがそれも行き詰まって今度はマネーの時代。古い小説にしては現在を予言できているような。こんな話が頭にあるから陰謀論が出て来るのかもなー。このシリーズは、学生時代に仲良くなった友達がアシモフが好きだというので全巻読んで感想を話したら、そうじゃなくて黒後家蜘蛛の会=推理小説のファンだった。早く言ってよ(涙)。
 
(196) 異星の客(ハインライン/創元推理文庫):
ハインラインは「夏への扉」だと思ってたんだけど。半分くらい読んでもそう思ってたんだけど、読み終わってみるとこっちの方が好き。火星人により火星文化の中で育てられた地球人マイク。地球に里帰りしてみるとわからないことだらけ。宗教も恋愛も死生観も金銭も全然理解できない。でも猛勉強=学習により人間社会を学んでいき、ついには地球を救う宗教家=救世主になる!何が「正しい」「自然な」ことなのか。火星まで行かなくても、文化(時代・土地)によって異なる。どっちがイイとか進んでるとかいうことじゃないよね。批判なところも、笑えるファンタジーなところもあって秀逸。ただし色っぽい記述がかなりあり、青少年の読書感想文には向かないな。
 
(197) シャイニング(S・キング/新潮文庫):
読むのは初めてだけど映画は見た。映画の方が理不尽で怖かった。原作は救いがあるし、それを予感させる。ま、ホラー映画好きは救いなんて要らないのだろうけど。雪に閉じ込められるリゾートホテルで一冬の管理人となる一家。でもそこは呪われたホテルで、パパは徐々にホテルに心を乗っ取られてしまう。大筋では映画と同じなのだが、ダニーはホテルに立ち向かうし、シャイニング能力者達がそれを支える。最後に善は勝つのだ!とはいえ、子供時代の家庭環境を親になって繰り返すという先入観は如何なものか。キングは一般論としてそう書いてるわけではないけどさ。突然血糊があふれた映画はとんでもなく怖かったが、キューブリック監督だったのね。ホラー映画としてはあれで良いのだと思う。どうなるかわからなくて最後まで怖かったし、見終わってからも怖かったもの。でもAJは救いのある原作の方が全然好き―。
 
(198) ホビットの冒険(トールキン/岩波少年文庫):
さっぱり忘れてたけど、これ子供の頃に読んだと思う。指輪物語の前のエピソード。指輪物語ほど壮大ではなく2巻で終わって子供向け。悪いやつは単純に悪いのだが、いいやつは単純ではなく、ダメだったりズルかったり逡巡もする。今一つなのはたぶん長さの割に仲間が多すぎるのではないか。ドワーフ13人もいて名前が似過ぎだし描き分けられてない。5人程度にならんのか。指輪物語の方がいろんな人種(?)もいてRPG向けだよね。読んで損はないがどちらかというとやっぱり子供向けかな。
 
(199) 魔の山(マン/新潮文庫):
やっと読めた既読その2。でも設定位しか覚えてない。前は途中で挫折したかも。今回は何とか、でも斜め読み。これ読んでマンって苦手だと思ったんだよなー。肺病やみの従兄弟に会いに3週間の予定でスイスのサナトリウムに遊びに来たハンス。ところが来る途中から発熱、入院の羽目に。真面目な従兄弟は真面目に治療に取り組んでもちっともよくならないので業を煮やして帰郷、希望通りに軍隊に入る。遊びに来た筈のハンスは、アンタは退院してもいいよと言われても憧れのロシア夫人が気になって居残り。そして僅かな入隊生活後にすっかり悪化して帰ってきた従兄弟は死んでしまい、憧れのロシア夫人はマラリアのオランダ人偉丈夫を連れて帰ってくる。いろんな病人仲間とのダラダラした生活を7年続けた挙句、大戦勃発で退院を余儀なくされ戦地に駆り出されるハンス。終わりはデミアンみたいなあっけなさ。病院とサナトリウムは全然違うけど、長期入院生活を送った身(1か月足らずだけど)には、この雰囲気ちょっとわかる。これもAJの苦手な成長小説というやつか?あまり成長してないし、まともな恋もしてないが、しかしいろんな意味で先生は多いな。ま、とにかく長すぎて読みにくいよ!フランス語部分をカタカナで書くのはやめて欲しい。全然雰囲気が出ない。イタリア語はそのまま+訳を付けてるのに。オリジナルのドイツではフランス語でも読者に意味はわかる(単語は割と似てるから)だろうけど、英語版はどうしてるんだろ。あ、イタリックで書いたのか。それで日本語ではカタカナにしてるんだな。新訳ならたぶん異なるフォントにするよね。愛を語るためにわざわざフランス語で会話してるのに、カタカナは興ざめだもん。ちなみに英題はThe Magic Mountain。なんか「魔の山」感なくない?TDLの乗り物みたいじゃない?
 
(200) 勇気の赤い勲章(クレイン/光文社古典文庫):収載済

2020年8月22日

光文社古典新訳シリーズ(25)

祝250タイトル読破!刊行スピードに追い付いてきたので、来月からは新シリーズを並行予定です!

(241) あなたと原爆(ジョージ・オーウェル):ちくま文庫の「動物農場」の解説で、丸谷さんが褒めていたという「象を撃つ」読みたいと思ってたんだ。光文社古典新訳で読めて幸せ。
評論集だけどエッセイに近いものも多い。社会評論も読む価値あると思ったけど、個人的に好きなのは「おいしい一杯の紅茶」。イギリス人ぽい!紅茶が飲みたくなりました。ポットをお湯ではなくレンジで温める、って電子レンジじゃないよね?オーブンレンジってこと?それは面倒なんですけど。

(242) 勇気の赤い勲章(スティーヴン・クレイン):南北戦争の数日間を一兵士の立場で。ドキュメンタリーに感じるが事実を元にしたフィクション。これまでの戦況どころか、目の前の事態すらわからない。負けたと思ったら勝ってたりなんかして。勝ったと思ったら撤退するように言われたり。こんな感じなんだろうな、としみじみ思う。反対する母を振り切って参戦を志願した割には、初戦で負けたと思い込んで敵前逃亡してしまったヘンリー。事情を知らない仲間は傷(=勇気の赤い勲章)を負って行方不明になっていたと誤解する。二回目以降は蛮勇をふるって踏みとどまるけど、なんだかやけっぱちか狂気。兵士なんて一つの駒。なんで戦争はやめられないのか。

(243) とはずがたり(後深草院二条):源氏物語が現実にはやっぱり無理、的な話。疾走よりも迷走の感じ。時代は鎌倉中期。作者が実在したのか、フィクションなのかも不明だそうだが、私の気持ちがどこにあるのかわからない感じが逆に事実っぽい。初めての女性の娘二条を4歳から手元に置いて愛人とし、光源氏を気取る後深草院。でもガードが足りずに二条は他の男とも通じてしまう。心変わりなのか何なのか、自分でも不明。美人で歌も上手く家格も高いのに、両親が死んでしまうと良きパトロンに恵まれない。宮廷を追い出され、出家して歌をめぐる聖地巡礼うろうろ。年をとっても美人で歌も上手いからそこそこ生きていけるけど、でも都に戻りたい。でも戻るとイケてない自分が許せない。せめて歌で後世に残りたいと思ってこの本を書いた、ってのは確かにありそうな話だ。華やかなりしころに元寇があった筈だが全く記載なし。ま、個人的にそれどころじゃなかったことは確かだが。こぞって泥酔と色恋模様に明け暮れる模様が、事実はこんなだろうなと思える。南北朝の起源はこの兄弟なのか。大変ドラマチックだが大河小説には無理だな。歴史を描けてないもの(笑)。

(244) オイディプス王(ソポクレス):やっぱり光文社古典新訳は解説がいいよね!「詩学」ではイマイチわからなかった「タ・タンとタン・タ」(長短)の説明も詳しく書いてある。日本語はギリシャ語じゃないけど、畳みかけるお芝居の感じは想像できる。有名な物語だからいろいろな解釈があること、ソポクレスの創作部分もあること、とか、やっぱり読むなら光文社古典だよ。

(245) 賭博者(ドストエフスキー):ギャンブル中毒あるある。ルーレットがロシア人のためにあるかどうかは自信ないが、解説にあるお金について、ロシア=蕩尽/フランス=収奪/イギリス=分配でドイツ=蓄積ってのは、各国の美術館・博物館を彷彿とさせてさもありなん。おばあちゃんの遺産をあてにした家族はいつ死ぬかとドイツの賭博場付高級リゾートから何度も電報を送るが、なんと当のおばあちゃんが乗り込んでくる!そして初めてのルーレットで初日は大儲けするが、当然のように翌日から負け始めてみんな大慌て。やめさせようとするがなかなかやめない。みんな遺産を当てにしやがって、私のお金なんだからね!と賭け続けるおばあちゃん。一家の家庭教師のアレクセイは賭けるお金もないからそこそこでやめられていたのに、愛しのお嬢様を借金から救おうとギャンブルに賭けて、いきなり大金持ちに。ところがお金で私を買おうって言うのね!とふられた腹いせにお金目当てのフランス女といい仲になってパリに繰り出しご蕩尽。これで懲りたかと思いきやすっかり生来のギャンブラーになる。イギリス人投資家(ていうか金貸し)から、お嬢様は本当は君が好きだったんだけど・・・もう君は賭博者だよねとダメ出しされ、貰ったお金で明日お嬢様に会いに行こう、でも今夜はこのお金でギャンブルだ!あるある。

(246) 三酔人経綸問答(中江兆民):理想論の紳士君と強硬論の豪傑君と南海先生の3人の酔っぱらいが天下国家を論じる。1/3が解説で1/3が原文。原文+註解でも読めると思うが、そうすると当時のこととして読んでしまいがちかも。新訳の方が確かに今でも通じる一般論として読める。書いてあることは同じなんだけど。理想論でも強硬論でもうまくないのはわかるけど、どうすればいいかはわからない。世襲の君主よりも選挙で選ぶ方が選択肢があるけど、それでも戦争はなくなる気配ない。戦争を望むのは結局国民の総意(ていうか気分)なんだと思う。なんでそうなってしまうのか。そこから抜けられないのか、謎。三酔人の議論を茶化すタイトルを付ける兆民は、ごまかしだけど正直でもある。正解なんてないのだ。それでも、問いから逃げてはいけない。

(247) ロビン・フッドの愉快な冒険(ハワード・パイル):岩波少年文庫収載なので、子供の頃に読んでいる筈なのだが。全く記憶なし。AJ好みではないから忘れたのかも。ロビン・フッドはバラッドで語り継がれていたもので、それを近代になって子供向け?に出版したものだそうだ。概ね水滸伝だが、結末は水滸伝程は寂しくない。それなりには寂しい。子供向けだからか色っぽい系の話は皆無。ていうかマリアン登場すらしない。荒っぽいし大酒飲みで信心深くもないが、王様には忠実。女っ気のない話で、子供でもAJには興味ない話だよなー。ヘンリー2世とかリチャード獅子心王とかイギリスの子供なら理解できるが、日本の子供では素通りしたしさ。今ならカドフェルの次の時代だってわかるし、リチャード獅子心王に連れられたら結局どこに行ったかも推測できるんだけど。オリジナル挿絵付。絵に添えられた英語が古い。出版は19世紀末ってことはわざと古風にしてるのか?大人だから興味深く読める話ではある。

(248) ラ・ボエーム(アンリ・ミュルジェール):オペラ「ラ・ボエーム」原作。原題は「ボヘミアン的生活」だそうで。若き芸術家たちのハチャメチャな青春グラフィティ。今読むと芸術家はみんな男性ばかりという点が引っ掛かるが、でもおバカ男子な雰囲気は女子が入ると崩れるのかもだしなー(笑)。オペラとは筋が微妙に違うそうです。付録二の大使ギュスターヴ・コリーヌ閣下が楽しくて好き。

(249) カルメン/タマンゴ(メリメ):カルメンはスペイン行った時に予習復習で読んだ。セビリアっぽく見えないのは同じ。でも、ジプシーはカルメンで、ホセはバスク人だからセビリアは単なる背景ともいうか。蛇足の4章付。黒人奴隷船を描いた「タマンゴ」の方が面白いな。タマンゴは売る側の黒人だが、酔っぱらって起こったついでに売り払った妻を取り返しに奴隷船に乗り込んで捉えられてしまう。妻と周りをうまく巻きこんで白人(フランス人)を殲滅して自由の身に!でも操船がわからず遭難する羽目に。ありそう。

(250) アラバスターの壺/女王の瞳(ルゴーネス):ボルヘスの師による幻想短編集。南米よりエジプトとかのエキゾチシズム。でもダークサイドミステリー的な科学っぽい記述が却ってエセ感を煽って逆効果のような。素直に怖いだけの「ヒキガエル」とかが好きだな。

2020年8月7日

Guardian’s 1000 (19)

梅雨は明けたが今度は暑さが続いてやっぱり外に出たくない。自粛依頼もあるしね。というわけで、読書は相変わらずさくさく続く今日この頃。

(181) 評決のとき(ジョン・グリシャム/新潮文庫):
グリシャムはいくつか読んでるんだけどベスト千に入った2冊はどちらも初読。これは処女作だけどなかなか売れなかったそうで。面白いとは思うけど、裁判以外でも人が死に過ぎだと思うし、最終的に無罪なるのもちょっと・・・ま、アメリカらしいとも言うんだけど。AJのおススメはやっぱり「依頼人」だな。

(182) 甘い薬害(ジョン・グリシャム/アカデミー出版):
原題King of TortsのTortsは法律用語で不法行為という意味なんだけど、邦題はどこから来たんだろ?tortがtart(タルト)に似てるのか?意図不明。
集団訴訟のデメリットが良くわかる。甘ちゃん弁護士がその道のプロに見込まれ薬害集団訴訟を手掛けて一躍時の人+大金持ちになるが、すぐに転落。得た全てを失うが、恋人は戻ってくるし初心も少し取り返せてグリシャムらしい結末。でもなんでこれかなー、もっと他にも作品あるのに。

(183) ミザリー(S・キング/文春文庫):
S・キングは私にとって「怖い映画の原作者」。私は怖い映画は苦手で見ないのだが、テレビでうっかり見始めたら怖い番組だったということがままある。大抵は気づいた時点でチャンネルを変えるのだが、怖いとわかっても気になって途中で止められないのがS・キング原作のスリラー。映画ミザリーは見てないが、これもうっかり見たらやめられなそう。読書もノンストップで最後まで読んでしまいました。怖かった・・・。自動車事故で大怪我をした作家ポールを助けてくれたのが熱烈なファンのアニー。ところが救急車を呼ぶでもなく、監禁されて終わらせた筈の自作の話を書く羽目になり、熱烈なだけじゃなく何人も人を殺しているとわかってきて・・・怖い。どうなるの?どうするの?どうしよう。最後は軟着陸。キングっていつもそうのような気がする。しかし一番ええっ!と思ったのは、スティーヴン・キングをStephenと綴ること。これでスティーヴンと読めるのか?不思議。

(184) ドロレス・クレイボーン(S・キング/文春文庫):
こちらは怖くなかった。普通の犯罪小説。ろくでなしの夫を持ったドロレスは、日蝕の日に殺害に成功。疑われつつも無理もないよねと事故死で決着する。それから何十年もたち、殺意を知っていた勤め先の奥様ヴェラを殺害した容疑がかけられる。前は殺したけど今度は違うよ!と洗いざらいを告白するドロレス。ヴェラの方はわからないけど、ろくでなしを家族が殺してしまい、でも事故死で済んでしまうケースって案外あるんだろうな、って気がする。

(185) 血と暴力の国(コ―マック・マッカーシー/扶桑社):
暗い。偶然大金をネコババした小悪人のモスは、殺人鬼のシュガー(砂糖ではない)に追われる羽目になる。追う保安官のベルにも実は背負う過去がある。しかしシュガーが極悪非道すぎ。ほとんどスプラッタ状態で救いも何も。スカッとするところもない。唯一笑えたのは、訳者あとがきで、描かれた時代(1980年)にポケットに入る携帯電話はまだないんだけど、質問しても作者から返事来ないのでこのまま訳しました、と書いてあったこと。そうそう、なんだかずっと前からあった気がしてしまうよねーと思った。

(186) エデンの東(スタインベック/ハヤカワepi文庫):
ジェームス・ディーンの映画で有名。読むのは初めて。ディーンの役どころ(キャル)はこんな感じだったのだが、こんな人いたっけ??と思ったのが中国人のリー。解説読んだらやっぱり映画にはいなかった。こんなに魅力的なキャラクターを削除するなんてひどい話だよ。大雑把な筋はカインとアベル。確かにオリジナル(聖書)は何を言いたいのか不明だが、こういう兄弟はあるだろうと思える。解説にもあるけど、悪女のキャシーが今一つ薄っぺらいのが残念だ。人格障害はありうる話だが、それで終わらせるのもどうか。改心しなくていいけど、もう少し逡巡はあってもいいのではなかったか。

(187) ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹(ジェフリー・ユージェニデス/ハヤカワepi文庫):
僕らの憧れ美しい5人姉妹。末っ子が自殺してから1年後に残り4人も心中。理由は不明。恋或いは愛が原因かもしれないけど、そうとも言えない。少し怪談気味。State of the Nationではないかもだけど中部アメリカっぽい。Loveではない気がする。原題はThe Virgin Suicidesで素直なのに邦題はヘビトンボに注目しすぎかなぁ。これはこれで不気味な要素なんだけど。

(188) ザ・ロード(コ―マック・マッカーシー/ハヤカワepi文庫):
荒廃した世界を南へとさすらう父子。襲ってくるのはゾンビや野犬ではなく、同じくさすらう人々。絶望のサバイバル。現実世界もある意味でこうだったりするけど、明日という夢や希望があるかどうかで全然違うよな。それでも善き人は火を運ばなくてはならない。うむ。最後に小さく救いがあるのがAJ好み。

(189) すべての美しい馬(コ―マック・マッカーシー/ハヤカワepi文庫):
16歳のジョン・グレイディは親友と共に愛馬と共にメキシコへ。途中で良馬を連れた別の少年と道連れになるが、雷を恐れて馬も何もなくしてしまう。次の街で馬を見つけた少年を置いて旅を続け、馬牧場に就職。力量を認められお嬢さんと恋仲になって順風満帆と思いきや、恋がバレて馬を取り返そうとした殺人犯の連れとして警察にチクられ刑務所行き。殺人犯は処刑されてしまうが、ジョン・グレイディと親友は結局釈放される。親友はこの時点でアメリカに帰るが、ジョン・グレイディは元の職場へ。彼女の祖母が絶縁を条件に助けてくれたことを知る。絶縁しないもん!と駆け落ちをせまるがお嬢さんは応じない。自棄のヤンパチ、警察署長を人質に自分達の馬を取り戻し、アメリカに帰る。帰っても自分の居場所はなく、どうしようかなーと終わる。現代版ハックルベリー・フィンの冒険、と後書きに書いてある。そうか、私はビルディングス・ロマンってやつに興味ないんだな。それでこのジャンルは点が辛いのかも。

(190) ブラッド・メリディアン--或いは西部の夕陽の赤(コ―マック・マッカーシー/ハヤカワepi文庫):
19世紀半ば、グラントン大尉のインディアン討伐軍に参加してメキシコに向かう少年。実話ベースのフィクション。相変わらず暗いしスプラッタすぎる。曲者のホールデン判事が魅力的で怖い。最後まで生き残り楽しく生きているらしい判事。人間は遊ぶために生きる、は頷けるが、賭けるものが大きい遊戯程魅力的->一番大きいものを賭けるのが戦争だから、戦争は必然って。そうかも、と思わせるところが怖すぎる。討伐隊はインディアンを殺して頭皮を剥ぐ。頭皮の数だけお上から懸賞金をもらえるから。女子供はもちろん、友好的なインディアンも殺しちゃうし、肌の色がいているメキシコ人も殺しちゃうし、ついでに懸賞金対象外の人も殺したりひどい目に合わせたり。結局英雄は追われる立場になる。そりゃそうだ。スプラッタ過ぎてAJの好みではないのだが、アメリカ(メキシコも)こんなことしてたのか、と言う勉強として、読んだ方がいいかなとも思う。

2020年7月14日

光文社古典新訳シリーズ (24)

♪雨が降る降る、あーめが降るー♪読書がさくさく進みます。

(231) 二十六人の男と一人の女(ゴーリキー):短編4つ。ゴーリキーは相変わらず暗い。みんなのアイドルが炎上する表題作は喜劇な部分もある。正義漢「グービン」はせつない。泥棒の「チェルカッシ」の懊悩もせつない。同情と恋愛がごっちゃになるタチアーナの「女」はさらに切ない。コサックは差別される側だと思ってたけど、どこでも貧乏人には冷たいのね。そういうもんだろうなと思う。

(232) 奪われた家/天国の扉(コルタサル):うっすら怖い幻想短編集。元踊り子のお嫁さん「天国への扉」はアルゼンチンあるあるではないかな、普通に怪談。「奪われた家」は何に奪われたのかなんであっさり諦めるのかわからないのがうっすら怖い。同じく敵意の真相がわからないままの「バス」もありそうで怖い。うさぎを吐き出す「パリへ発った夫人宛の手紙」は気味が悪い。一番怖いと思ったのは「遥かな女」で、ブダペストが効いてる。そう来るのかと思ったけど、やっぱりキター!な怖さ。「偏頭痛」は症状の名前が薬品名で不思議、偏頭痛もちならあるあるかもしれない。「キルケ」のゴキブリ入りボンボンはやだー!「動物寓話集」は動物が怖いのが得意なんだな・・と思った。

(233) ソヴィエト旅行記(ジッド):希望を胸にソ連に行ってみたら現実は理想と違ってガッカリ、な旅行記。現代ではそりゃそうだろと思うのだが、当時は外向けに美化されていた以上に、理想的であって欲しいと思う欲目が強かったからなぁ。歓待してもらったのにこんなこと書いていいかなぁ、でも書かなきゃダメだよなぁ、とジッドでも逡巡はするんだ。今だと概ね北朝鮮だけど、案外日本でもこういうところあるなと思ったりする。自分の眼で見て自分の頭で考える。

(234) 千霊一霊物語(アレクサンドル・デュマ):千夜一夜物語というより日本の百物語。集まった人たちが次々に怪談を語る。時代背景があるところがヨーロッパぽいよね、なんで日本では「昔々あるところに」になっちゃうんだろう?

(235) 大尉の娘(プーシキン):M025再読。「みずみずしい新訳」で岩波文庫とだいぶ印象が違う!内容は同じなんだけど(当たり前)。これテレビドラマ向きだと思う。

(236) パイドン -魂について(プラトン):ソクラテス処刑の日。魂は不滅だから自分が死んでも悲しむことない、と強気のソクラテス。肉体が亡びたらみんななくなってしまうと嘆く友人達を言い負かす。結局魂って何かってことよね。魂と肉体に分けるのなら、不滅なものが魂だと私も思う。じゃあ魂って何なのか?まぁ、あると考えた方が納得しやすいじゃん、ってレベルではあるな(苦笑)

(237) テアイテトス(プラトン):若い天才数学家テアイテトス及びその師のテオドロスと、プロタゴラス(ソフィスト)の知識論について対話するソクラテス。そもそもソフィストの言い分(相対論)を理解してないので、論駁されたところで、あーそういうことだったのか、と右往左往。当時は大事だったのだろうけどねぇ。ソフィストの言い分を、あれもこれも論破して、「知識とはあれでもこれでもないもの」と言っていきなり終わる。全くソクラテスなんだからさ。「知っている」と「わかる」は現在日本語では当然のように別物なのも混乱するところ。これは「知識」というより「理解」とは何か、だな。その昔、新しい技術用語についてほぼ何でも「それは知ってます」と応える後輩がいて、内心それ知ってる内に入んないよ、気軽に知ってると言うなよ、とイライラしたのを思い出した(笑)。

(238) ペーター・カーメンツィント(ヘッセ):ヘッセ25歳のデビュー作!には見えません!!上手い!車輪の下よりデミアンよりこれが好きだー。アルプスの少年ペーターは都会に出て文学青年となり、いろいろあったけど故郷に戻りました。ハイジのような山の生活ではないけど、アルプスの麓に暮らすってこういうことね、と思える。時に厳しい、でもやっぱり帰りたくなる故郷が魅力的かつ具体的に描かれていて、ハイジよりぐっとスイスっぽい。ペーターの不器用な女性遍歴も好ましい。半分位は自伝らしいけど、結局予言にもなっている所も秀逸。ま、女性関係については当たってないんだけど。

(239) チャンドス卿の手紙/アンドレアス(ホーフマンスタール):若き天才の作だそうで。救いのない結末でAJ好みではないな。ベネチアが舞台のアンドレアスは割と好き。夢の国ベネチアの雰囲気が出ている。あとはなんだか・・救いがないんだもの。

(240) ドルジェル伯の舞踏会(ラディゲ):素直な青年貴族フランソワは、好人物だけど軽薄なドルジェル伯と可愛い奥様マオに出会う。ドルジェル伯に惹かれているような、奥様に惹かれているような。マオの方でも、亭主のお気に入りだからフランソワがお気に入りだと思っているが、無意識にフランソワに恋しているかも。伯爵も無意識にそれに気づいてか、今更夫人に恋着してみたり。なんとなく幸せにつるんでいた三人がバカンスで出来た距離で恋心に気づく。まだ恋愛まで行ってないのに貞淑な妻であろうと、フランソワのママに恋心を打ち明け、恋を諦めようとするマオ。ところが片思いだと思いこんでいたフランソワは逆に大喜びで、ママはキューピッドにされたとおかんむり。味方を失って困ったマオはとうとう伯爵に打ち明けるが、軽薄な夫は大丈夫だよとばかり、「さあ、マオ、眠りなさい」。で、いきなり終わる。えーっ、ここで終わるのー!!クレーヴの奥方を下敷きにしているのだそうだ。それぞれが恋に恋している様子がきちんと描けていて、こっちの方が面白いぞ。終わり方の唐突さも秀逸。20歳でこれはやっぱり早熟な天才。ラディゲの遺作で、今までの訳はコクトー含む友人による改作になっているが、新訳はラディゲの最終校正版を元にしているのだそうだ。

2020年7月7日

Guardian’s 1000 (18)

図書館は開いてるし、連日の雨もあってお出掛けも少ないので、さくさく読書が進んでいます。
今回は早川書房が多め。ハヤカワepi文庫は当たりが多いので、光文社古典が一段落したら全点読破を目指してもいいなと思っている所。

(171) 権力と栄光(グレアム・グリーン/早川書房):
「権力と栄光」って政治とかビジネスとかの感じだけど、主題は宗教。神の力とご威光ということらしい。メキシコ独裁政権下の宗教弾圧を描いたもの。メキシコにこんな時代があったのね、意外。逃げない自分はエライと勘違いして、でも堕落していく司祭。逃亡の果てに臨終の懺悔に出掛けて捕まってしまう。宗教って何?信仰って何?と強く問いかける。映画「逃亡者たち」の原作だけど、映画は全然違うことになっているのだそうだ。

(172) 西欧人の眼に(コンラッド/岩波書店):
天涯孤独のロシア人青年は、巻き込まれたくない一心で自分を頼ってきたテロ犯の友人を密告。でもテロ犯が処刑されても、テロ仲間と危惧する/崇拝する両陣営から逃れられない。当局からスパイとしてジュネーヴに送り込まれ、何とかなりそうに思うけど、結局全てを告白する羽目に。風変わりな題名は、たまたま知り合った第三者な英国人が日記を託されて書いたから。出版は1911年で早い。1920年(ロシア革命後)につけた作者覚え書き冒頭で「状況がすっかり変わってしまったために、この『西欧人の眼に』が、過去の出来事を取り扱う一種の歴史小説になってしまった面のあること」と著者は書いている。共産党独裁のソ連となってしまった後では、既に過去の話なんだろうね。でも、「一般市民」でいたいだけなのに、、ていう主題は今でも有効ではあるな。当時ほど切実ではないにしても。犯罪を扱ってはいるが、CrimeよりState of the nation枠かも。

(173) わたしの名は赤(オルハン・パムク/ハヤカワepi文庫):
16世紀末のイスタンブールを舞台に宮廷細密画家が相次いで殺される。登場人物が章ごとに主人公となって語る(人物だけではなく、細密画に描かれた動物や静物、顔料まで語りだす。不思議な題名「私の名は赤」はここから)のだけど、最終章まで犯人の名前がわからない。推理小説として良いかどうかは別にして、当時の様子が良く描けていると思うし、現代に通じる問題提起にもなっているし、何より読んでて面白い。オスマントルコに関する知識がゼロだと読みにくいかもだけど、AJは行ったことのある場所がたくさん出てきて嬉しかった。旅行前後に予習復習したけど、思えばトルコ人が書いたものは読んでない。文化的にはペルシャの影響が大きいのね。地理的に当たり前のことだけど、欧州との関連でばかり捉えてたなーと反省。

(174) 青い眼が欲しい(トニ・モリスン/ハヤカワepi文庫):
青い眼が欲しいと願う黒人の少女。不幸が連鎖していく。「美しい」って難しい。黒人差別は今でもあるけど、黒人の中でも「黒人とニガーは違う」って意識があってそこにも差別があったりするんだな。こっちの解決も難しい。でもまずは単純な黒人差別を撤廃するところからだ。少なくとも差別は良くないことだという認識がまだ足りてないもんな。冒頭のDickとJaneは教科書に出て来るものって解説があって親切。通常文→句読点抜き→平仮名句読点抜きで並んでいる。日本語だと案外読めてしまうが、英単語がブランク抜きで並んでたら読めない気がする。ネイティブは読めるんだろうか。

(175) ソロモンの歌(トニ・モリスン/ハヤカワepi文庫):
黒人医師の祖父と実業家の父を持つおぼっちゃんなミルクマン。父と母の相克、父と叔母の苦労と行き違い。ルーツを辿ることで人生に向き合えるのかと思いきやそんなことはなくて、微妙に暗い結末。同じ数で平衡する必要があるというギターの理論が雑だが純粋。やっぱり未来が決まり過ぎな社会って希望がなくてよくないよね。

(176) ビラヴド(トニ・モリスン/ハヤカワepi文庫):
こういうのファンタジーって言う?幽霊は出て来るけど。殺された幼女の幽霊は怖いけど哀しい。誰でも「愛されるもの」でありたい、それだけなのに。親切な白人主人に仕える黒人奴隷の幸せ。それって幸せなのか?差別を完全になくすのは難しいことだけど、少なくともこれはダメってのをしっかり決めて、少しずつでもダメなものはダメとやっていくしかないんだろうな。他人の幸せをやっかむ気持ち、そんな自分を恥ずかしく思う気持ち。歌声が案外世界を変えたりする。いろいろ考える。BLMの今だから読むべき話だと思う。なんでファンタジー枠なんだろ、ぶつぶつ。

(177) 木のぼり男爵(イタロ・カルヴィーノ/晶文社):
意地を張って木に登ったまま地上に降りずに過ごすコジモ。設定はファンタジーだが描かれている内容は大人向き。ネオレアリズモと言うのだそうだ。本に夢中になって捕まってしまう泥棒の話と、樹上に追放(匿われる?)放浪貴族の話が印象的。あとファムファタルなヴィオーラちゃんも。内容も趣向も面白いとは思うが、「見えない都市」の方が全然好きだな。

(178) 蠅の王(ウィリアム・ゴールディング/ハヤカワepi文庫):
15少年漂流記救いがない版。おおよその筋は映画化で知ってたけど、何が蠅の王なのかなと思ってた。ベルゼブルが蠅の王なのね。子供に限らず人間ってそんなだとは思うが、肉に拘り過ぎだろ、魚を釣ることを考えようよ。全くイギリス人なんだからよ。

(179) 時計じかけのオレンジ(アントニー・バージェス/ハヤカワepi文庫):
不良少年のアレックスは友達と悪行三昧。調子に乗って殺人を犯して刑務所に入れられ、性格矯正の実験台になる。不本意のまま暴力に生理的恐怖を覚えるようになって退所したものの、両親の元には知らない男がいるし、大事なステレオは賠償のために売り払われているし、安食堂ではかつて被害者だった老人が無抵抗のアレックスを袋叩きにする。警察が来て助かったと思いきや、警官はかつての友達とライバルで更なる袋叩き。もう死にたいと彷徨の末にたどり着いたのはかつての被害者の家。しかし先方は気づかず親切にしてくれるし、政府の実験に憤り訴えるべきだという。隠れ家に連れていかれて一安心と思いきや、クラシックを大音響で聞かされて恐怖の発作で窓から飛び降りて自殺。のつもりが救助され、政府の病院でまた治療を受け、暴力的な性格に逆戻り。クラシックを聴いても素直に感動できて、まるっきりなおったのだ。とキューブリックの映画は終わるのだが、この後アレックスは新しい友達と悪さをしにいく途中で気が変わり、すっかり善人になった悪友に遭遇。自分ももう大人になる時期なんだな、結婚でもしよう!と終わる。確かに映画にこの章は要らないね。ハッピーエンド好きのAJだが取って付けた感じする。でも作者は元の木阿弥で終わるのはイヤだったのだそうだ。スラング(造語)だらけの文章は面白くないとは言わないが・・・映画見る方が良さそう。

(180) 昏き目の暗殺者(マーガレット・アトウッド/ハヤカワepi文庫):
これってファンタジーなの?Crime扱いかと思った。老女の現状と回想、名前がわからない男女の情事、その中で男が語るSF的物語の三層構造で語られる。表題の「昏き目の暗殺者」は、直接的にはSF的物語の登場人物なのだが。伏線は、あからさまではないまでも目につくレベルで張られており、ははん、それってこういうことかと推測できる。そういう意味でも当人だけがblindなのだ。推測は出来ても読ませます。読んでて面白い。「昏き目」って翻訳も上手いな。

2020年6月9日

光文社古典新訳シリーズ(23)

こちらもCOVID19のせいで棚上げになっていたのだった。出版は進んでいるのでとっとと追いつかなくちゃ。今回はGuardian’sとの重複が半分を占めています。

(221) 詩学(アリストテレス):先日読んだ「薔薇の名前」でキーワードになっていた詩学。詩についての本で、喜劇や笑い?と思ってたけど、詩じゃなくて、古代ギリシャ劇(悲劇と叙事詩)についての本だったのね。総合芸術としての劇。要は芸術論だったのだ。古代ギリシャでは、韻律が大事だったんだって。脚韻ではなく、強弱(英語)でも音の数(日本語)でもなく、タ・タンとタン・タ・・・ってわかったようなわからないような。

(222) 今こそ希望を(サルトル×レヴィ):老いたサルトルが若いコミュニストのレヴィと会話。雑誌のための対談だけど、どうみても自己批判を迫られているサルトル。バシッと断言する天才サルトルではないところが逆にカッコイイです。お友達がみんな掲載に反対したのよくわかる。そして、バシッとではないながらも、20世紀末に絶望しながらも、やっぱり希望だと言う所がいいなぁ。年寄りには年寄りのカッコよさがあるね。2020年の今こそ希望を!

(223) リヴァイアサン(ホッブズ): 1巻目の後書きによると、昔は民主主義の元祖として習ったけど、今は中学校ではスルーされているらしい。確かに民主主義の萌芽というより王政復古待望論に見えるもんな(笑)。出版はクロムウェルの共和制成立時、ルソーの民約論より100年も前。合議制(貴族制)も民主制も否定はしてないが、王政と並べた書き方になっている。必要なのは「主権」であり、それがない状態では「万人の万人に対する戦い」になってしまうと。例として各国入り乱れて開拓中のアメリカが挙げられている。デモを否定してたり、今見ると反共和制にしか見えないんだけど、教会の政治介入否定や、何より「主権」が必要なんだ!=王権を倒すだけじゃダメ、と定義したことで、結果的に民主主義の元祖になったんだろうね。混乱するので読まなくていいと思う(笑)

(224) 宝石/遺産 モーパッサン傑作選(モーパッサン):同じ短編集なら「脂肪の塊」の方が好きかな。でも模造品と思っていた妻の宝石が本物だったという「宝石」はラストが微妙なハッピーエンドで好き。「遺産」はありそうな話でちょっと。他の短編も結末が見えてあまり感心はしない。つまらないとまでは言わないけどさ。

(225) 死刑囚最後の日(ユゴー):死刑(特にギロチン)反対を主張するための創作。確かに死刑で犯罪が抑止されるとは思えないし悪趣味だよな、ギロチンは特に。死刑囚が何の犯罪を起こした(と思われている)のかが描かれていないので、ドラマとしてはどうなの?と思うが、死刑廃止論としては個々の事情に触れたくないのだろうね。まだ死刑がある日本でこそ読まれるべきなのかもだけど、読んでも死刑廃止に傾くとは思えないな。ギロチン廃止にはなっても。

(226) サイラス・マーナー(エリオット):Guardian’s1000で済。

(227) シェリ(コレット):Guardian’s1000で済。

(228) シークレット・エージェント(コンラッド):Guardian’s1000で済。

(229) われら(ザミャーチン):Guardian’s1000で済。

(230) 白痴(ドストエフスキー):Guardian’s1000で済。

2020年6月2日

Guardian’s 1000 (17)

図書館の再開を受けて大急ぎで読書も再開。いつまた自粛モードに入るかわからないので、リクエストも多めにしとかなくちゃ。ぶつぶつ。
今回からカテゴリーを気にせず、10冊ずつアップしていきます。

(161) シェリ(コレット/光文社古典新訳):
友達の息子と恋愛関係になってしまう元高級娼婦のアラフィフ美魔女レア。「危険なふたり」はシェリが若い女と結婚することで崩壊する。崩壊は必然だし、シェリの執着や迷いはよくある話なんだけど、思い切るレアがカッコイイ。強がりじゃなくて場数なんだよね。そして実話ベースなのがスゴイ。実際には友達の息子ではなく、義理の息子!さすが美魔女・・・

(162) LAコンフィデンシャル(ジェイムズ・エルロイ/文春文庫):
LA市警を舞台とした推理小説。犯人は何となくわかってしまうのだが、そういう背景だったか。敵味方入り乱れるのがスリリング。恋模様?もアメリカぽく映画化されて当然の作品。続き気になる―。

前に読んだブライトン・ロックが面白かったので、グレアム・グリーンを固め読み。なんで今まで読んでなかったんだろう?読みやすくて面白いのに。

(163) 拳銃売ります(グレアム・グリーン/早川書房):
犯罪小説。兎唇(って差別用語なのか!)のレイブンは子供のころから誰も信じられず冷酷な殺人者への道を歩んできた。が、自分を友達だと言ってくれる女性に出会い、迷いながらも信じたのに、彼女は刑事の恋人だった・・・レイブンに同情心を感じながらも結局、恋人との結婚話に幸福感に浸るアン。救いのない結末だけど、こんなだよなぁ。映画化したくなる気持ちわかるなぁ。

(164) 恐怖省(グレアム・グリーン/早川書房):
犯罪小説というより不条理なんだけど、あり得る感じが怖い。第二次世界大戦中のロンドン。親ナチス派の暗躍?殺人犯とフツーの人は見わけが付くのか。フツーの人に潜む狂気っていうか。戦時中って明らかに非常時なんだが、日常と非常時の境なんてない。他人事じゃなく読みたい。

(165) 第三の男(グレアム・グリーン/早川書房):
映画で有名だが、もともと映画のために書かれたのだそうだ。映画一応見たんだけど、音楽しか思い出せない。粗悪ペニシリンを密売していた友人とうっかり詐欺師となった作家。しかしウイーンってこんな状態だったのか。占領下だからの状況ってあるよね。と書いている間もチターの旋律が頭を離れない。

(166) 情事の終わり(グレアム・グリーン/新潮文庫):
これも映画化されたな。知人の妻と不倫。熱愛は過ぎたが終わったような終わってないような。次の恋愛疑惑を持ちながら再開して微妙に再燃するも彼女は突然病に倒れてしまい、残された夫と彼女を偲ぶことに。恋の終わりってこんなことあるよな。でもそれだけじゃないのは、宗教の存在。神を信じるかどうか、そしてカソリックなのかどうか。結婚とは、葬儀とは、どうあるべきなのかが宗派で違う。日本人にはピンと来なくても、欧米人には大事なことなんだろうね。

(167) ハバナの男(グレアム・グリーン/早川書房):
ハバナ在住の英国人が諜報活動を無理やり気味に依頼されて、テキトーなレポートを書いて報酬を受け取る。掃除機をスケッチするのが秀逸。結末はセーフな感じだけど、被害者も出てるしComedyカテゴリでいいのか少し疑問。案外こういうフェイクなレポートってあるんだろうな。広告料欲しさにフェイクニュースを作るのもこの延長線上よね。騙される方も問題あるけど、笑ってていいのか。

(168) 叔母との旅(グレアム・グリーン/早川書房):
銀行を退職した面白みのない僕が、母の葬式にやってきた叔母に振り回される。突拍子もない話にうっそーと思いつつも案外本当だったりして仰天。ロマンチックで破天荒なオーガスタ叔母さん素敵。ラスト、黒人の元恋人は死ななくてもいいと思うが、概ねユーモア小説で読んで楽しい。

(169) 大転落(イーヴリン・ウォー/岩波文庫):
ウォーの初作品だそうな。素直にユーモア小説。牧師を目指す真面目な一青年ペニーフェザー君は、お貴族様クラブの悪戯に巻き込まれ、無実の素行不良で放校処分。教師として田舎の学校に就職するも、周りは変わったやつばかり。教え子とその母親に目を付けられ結婚寸前まで行くも、彼女の代わりに出掛けた港で奴隷貿易の罪で逮捕され服役。刑務所では案外心静かな生活を楽しむが、結局「死んだ」ことになって同姓同名の別人として最初の牧師学校に逆戻り。原題のFall and Declineはローマ帝国衰亡史をもじったものだそうで。「大転落」はどうかと思うけど、フツーの善人がお貴族様のご都合で転落してしまうってことかな。でも最後に戻れるし、ポール君に変わりがないのがAJ好み。身分の隔絶がイギリスっぽい。

(170) われら(ザミャーチン/光文社古典新訳):
1984的なディストピア小説。スゴイのはスターリン独裁前のソ連で書かれたということ(出版はさすがに無理だったらしい)。その割にソ連ぽい感じは薄く(「恩人」はいるけど「党」はいない)中世ヨーロッパを映してるようにも見える。でも個人名全くないのは新しいかも。科学万能なのもらしい。今でいうと北朝鮮ぽいかも。

2020年3月14日

Guardian’s 1000(16)

馴染みのない本が多く、ついつい後回しになっていたComedyカテゴリーをようやく収載。読んでみるとやっぱり、のれないものが多い。そもそもComedyってカテゴリーは英国以外では成立しないよな。日本だったらエッセイ(novelじゃないけど)を入れたくなるところだ。

(151) ブリジット・ジョーンズの日記(ヘレン・フィールディング/角川文庫):
映画にもなった。普通のワタシが何故かイケメンに思いを寄せられる話。結末も予定調和的。つまんないとは言わないが、よくある女性漫画みたいでベスト千にはもっと別の本がないのか、と思う・・・

(152) ボートの三人男(ジェローム/光文社古典新訳):
これは既読(収載済)。「ユーモア小説」の代表格。読んでいて楽しいし、これは好き。新訳も良く出来ています。

(153) フィネガンズ・ウェイク(ジェイムズ・ジョイス/河出書房):
三冊目のジョイスは柳瀬尚紀訳。すごく頑張って訳したことは評価するが・・・これはやっぱり翻訳不可能な読みものなんだろうと思う。たぶん原語で読んでも何言ってるかわかんないんだろう。これがComedyなのかどうか判断もできない。訳者には申し訳ないが、ちょっと読まなくていいと思う。

(154) イーストウィックの魔女たち(ジョン・アップダイク/新潮文庫):
これComedyなの?かなり怖いんですけど。本当に魔女(現代北米に生きる魔女)だという設定になっているが、そこを無視する(誤解や噂だとする)とありそうな話。映画は喜劇扱いだったのかなぁ?後味の良くない逃げ勝ちでAJの好みではない。

(155) 黒いいたずら(イーヴリン・ウォー/白水Uブックス):
これComedyなの?アフリカの小王国の内戦。それに群がる各国の商人軍人他。数の多い英国人内には派閥があって、でもフランスとはやっぱり仲悪かったりして(笑)。戦闘で/病で/処刑により、たくさんの人が死ぬ。喜劇的なところは確かにあるんだけど、全然笑えません。

(156) ご遺体(イーヴリン・ウォー/光文社古典新訳):
もうひとつの既読。ブラックではあるがComedyで納得。好きかと問われるとそうとは言えないけど。

P・G・ウッドハウスは6点がベスト千入り。うち今回は入手しやすかった4点を収載。P・G・ウッドハウスって美智子さまが時間が出来たら読みたいと言っていた作家。美智子さまってこういうの好きなのか。なるほどなぁ。安心して読めるユーモア小説ではある。
(157) サンキュー・ジーヴス(P・G・ウッドハウス/国書刊行会):
優秀な執事のジーヴスが辞職しちゃったー!でも新職場の近所に滞在することになり思い切り助けられている若きお貴族様バーティ―。最後は復職して良かった良かった。1冊読むなら結局これがお薦め。
(158) ウースター家の掟(P・G・ウッドハウス/国書刊行会):
みんなから好かれる、というより利用されまくりのバーティ―、女難の相の巻。
(159) ジーヴスと朝のよろこび(P・G・ウッドハウス/国書刊行会):
親友と大好きないとこが婚約に向けて頼りにするのはバーティ―。でもやっぱり利用されてるだけ。
(160) ブランディングス城は荒れ模様(P・G・ウッドハウス/国書刊行会):
これはジーヴスとは別のシリーズ。

2020年2月18日

Guardian’s 1000(15)

やれやれやっと150冊だよ。あと10冊で全カテゴリー網羅したら、その後はカテゴリーに関わらず10冊ずつのアップにしようかなと思っているところ。

今回はCrimeカテゴリーの3回目。既読2冊+初めて8冊。開始時点で既読が一番多かったのはこのカテゴリーでだいぶ再読したけど、推理小説は社会を映す分、今読むとなんだかな、な物が多いんだよね。当時は面白かったんだけど。初読でもそんな本が多い。

(141) 野獣死すべし(ニコラス・ブレイク/ハヤカワ文庫):
再読。息子を自動車事故で失った推理作家。偶然から犯人を見つけて復讐を図る。完全犯罪を狙っている、のだろうが、どこが完全なんだか?読者のミスリードは誘っても、警察ってそんなに深読みしないと思う。大藪春彦のハードボイルドとは別の本なのでご注意を。

(142) 殺人保険(ジェイムズ・M・ケイン/新潮文庫):
初読。加害者の視点で語る推理の余地がないパターン。人妻と浮気→なんとなく夫を殺すことになり、てところは郵便配達と似ているが、こちらは人妻が極悪人。冒頭から推察できるのでそこは悩まないんだけど、娘と娘の恋人/本人と娘の関係が変わっていく感じが秀逸。そういうことあるかもなー。保険勧誘員だから保険の狙い目がわかる!と思う加害者だが、それは本人に限ったことではなく、同僚にご明察されてしまうのだった。そりゃそうか。

(143) シークレット・エージェント(コンラッド/光文社古典新訳):
初読。「闇の奥」とはずいぶん違うタッチだけど、これも救いはない。秘密機関の題名通り諜報活動について。情報収集が主だったのに突然テロを言いつけられて困惑する主人公。うっかり転んだことで義弟が自爆してしまいターゲットの建物は無傷で無駄死に。そもそもうまくいってたとしても「意味のある」テロになったのか。担当者の思いつきでしかないかも。虚しさを抱える関係者一同。今の時代にも全然古くない物語なのだった。

(144) ジュラシック・パーク(マイクル・クライトン/ハヤカワ文庫):
映画は見たけど初読。映画は恐竜の見事さが話題になったけど、小説はそこは当然として描かれるので問題点がくっきりするね。現実はまだ恐竜を作るところまでは来ていないけど、技術的には既に十分できるところまで来ているし必要なお金も格段に少なくなった。自然というものは単純なものじゃないけど、フラクタルていう視点では複雑な訳じゃない。結局「自然の再現」は困難なんだよな。コントロールできることを前提に考えると大きく間違える。その通りだと思う。
PS:つい先日、地上波で放映された時に、新聞が「マイケル・クライトン」になってて笑った。マイケルだと思うよね、普通。

(145) 薔薇の名前(ウンベルト・エーコ/東京創元社):
これも初読。昔すごく話題になって気になってたんだけど。先日「100分de名著」で取り上げられた時には確かに推理小説扱いだったけど、アヴィニョン虜囚時代のキリスト教の歴史が細かく描かれていて、本を読むには世界史年表が必要だった。ふむふむこんな状況だったのか。教会の腐敗と浄化への試み、でも実際には単なる派閥争いになったり異端者探しになったり。キリスト教に限ったことじゃないけどさ。この辺に興味がないと読むの辛いかも。映画は恐らくすっ飛ばして作ったんだろうな。

(146) カジノ・ロワイヤル(イアン・フレミング/創元推理文庫):
(147) ゴールド・フィンガー(イアン・フレミング/ハヤカワポケットミステリ):
(148) 007は二度死ぬ(イアン・フレミング/ハヤカワ文庫):
英国が誇る007シリーズから3冊がベスト千入り。
若かりし頃、007の映画に誘われてにべもなく断ったことがあったなぁ。この人あんな映画なんか見るんだと思ったのが顔に出ていたと思う。好みは人それぞれなのに、失礼なことをしたものだ。そのくらい007は好きじゃない。原作読むと違うかしらと思ったら同じだった(笑)。娯楽大作だとは思うけどさ。女性の描かれ方が気に入らないというのもあるんだろうけど、とにかくAJの好みではありません。人物も背景も薄っぺらに感じる。それでこそ娯楽大作なんだろうけど。
「007は二度死ぬ」の原題はYou Only Live Twiceで、どうみても「二回だけ生きる」。ストーリー上は確かに二度死ぬけど、ボンドの俳句(短詩)の二回「だけ」の意図が邦題では伝わらないと思う。

(149) ジャッカルの日(フレデリック・フォーサイス/角川文庫):
二度目。プロの殺し屋がリアルに描かれていて圧巻。殺し屋と彼を追い詰める警部以外の政治組織(テロ側も政府側も)も警察組織のダメダメぶりもありそうすぎ。捕まって終わったと思いきや、軽いどんでん返しが効いています。それでジャッカルって安易だと思ったんだよ(笑)。現在はいろんな点で技術的にはこうはいかないと思うが、それでも読んで面白いです。

(150) ブライトン・ロック(グレアム・グリーン/ハヤカワepi文庫):
初めて。面白くて一気に読んだ。チンピラのピンキーが裏切った仲間を非情にも次々消していく。年下のピンキーに脅える仲間たち。しっかり完全と思いきや、義憤に駆られて私的捜査する歌姫アイダに見破られて、証人のローズと結婚するも安心できず、自殺させようとしたところで自滅。罪悪感の欠片もなく殺人を繰り返すピンキー。結構暗い。丸谷さんの訳だった。親切な訳注に感謝。

2020年2月3日

Guardian’s 1000(14)

魔の山を諦めてようやくアップできるようになった。今回はState of the Nation。

(131) アンクル・トムの小屋(ハリエット・ビーチャー/明石書店):
子供の頃に読んだきり。トムが坊ちゃまと再会したのに死んでしまう絵があったのは思い出せたけど、他の筋はさっぱり。脱走奴隷の筋も書いてあったのかな?トムが死んでしまって終わりだった気がするんだけど?本当は一応ハッピーエンドになってたんだな。奴隷戦争前夜のアメリカ。北部から南部へ売られていく。どこにも悪人も善人もいる。宗教色強いし、黒人の描かれ方(しゃべり方も含めて)には問題もあるんだろうけど、これは読んでおいて損はないと思う。

(132) 恥辱(クッツェー/ハヤカワepi文庫):
主人公がアカハラで地位を失う前半(ケープタウン)はよくある話な感じ。娘が憧れの田園生活を送る郊外へと避難する後半から南アらしいんだと思う。でもさ、ここまであからさまな恥辱はなくても、「独身女が趣味で田舎暮らし」への迫害はどこでもある気がする。しかしこんな恥辱はいかんな。でもでも、現代日本では犬猫には身勝手な殺戮を行っていたりする。どこまでが守るべき同胞で、どこからは迫害してもいい相手なのか。

(133) ホワイト・ノイズ(ドン・デリーロ/集英社):
アメリカ大学町で教鞭をとる主人公はナイスバディな妻と互いの連れ子と概ね幸せに過ごしていた。しかし、謎の物質爆発で街から避難する羽目になったり、妻がこっそり飲んでいるのが謎の薬だったり。どうも謎の物質暴露により健康被害を受けているようなのだが検査結果に向き合いたくない。それもこれも、昔から持っていた死への恐怖によるものらしい・・・アメリカだけじゃない話に思う。フクシマを思わせる状況もあるし。自然災害の報道をつい夢中になってみてしまうのは、死への恐怖を予感しているからなのか。この点において日本は良いコンテンツを持っていると言われてもなぁ。

(134) オリヴァー・ツイスト(ディケンズ/新潮文庫):
これも子供文学全集的なもので読んだ。孤児オリバーが実はお坊ちゃまだったというありがちな童話、だと思っていたが・・・面白いじゃん。粗筋から感動話を予想すると裏切られます。明らかに大人向けの本でくすぐり満載。いいも悪いもロンドン/イギリスぽい。

(135) 白痴(ドストエフスキー/光文社古典新訳):
「おばかさん」な公爵と二人の女。結局誰も幸せにならない結末に呆然。ま、ハッピーエンドにならなくてもいいんだけどさ。「白痴」というより「愚者」な感じ?本文からはさっぱりそうは見えないのだが、周りから「おばかさん」とみなされているんだから、喋り方か動作か格好なのか何かそれらしく見える人なんだろう。単なる癲癇持ちではないんだろうね。女性二人は聖母マリアとマグダラのマリアなのかね?少なくとも誰かは幸せになってもいいような気がするんだけど、なんでならないのかね??

(136) サイラス・マーナー(ジョージ・エリオット/光文社古典新訳):
前半はひたすら暗い。不幸続きのサイラスが神との出会いにより・・・てな話かと思ったらそんなことなかった。舞踏会の夜あたりからだんだん描写が明るくなってくる。女性陣は特に魅力的。男性陣はコミカル。19世紀にしちゃ進んだ視点だよなと思ってたら作者は「進んだ女性」だった。ジョージ=男性とは限らないのね。

(137) 草は歌っている(ドリス・レッシング/晶文社):
アフリカ植民地での不幸なイギリス人。プア・ホワイトはアメリカだけじゃないのだ。何をやってもうまくいかないディック、優等生な少女時代から優雅な独身生活を経て、周りの嘲りを逃れるように結婚を急いだメアリ、そしてここでもプア・ホワイトの更に下に位置づけられる黒人のモーゼス。ところがメアリとモーゼスの関係が微妙に変化していき・・・。入植地って優雅なイメージあるけどいろいろだったのね。この先に今の南アがあるわけだ。最後まで救いがなく暗い。表題はエリオットの「荒地」からで、「墓石の上を草は歌っている」イメージなのだそうだ。後書きを読んでようやく納得。

(138) ラデッキー行進曲(ヨーゼフ・ロート/岩波書店):
AJにはウイーンフィルのアンコール曲として認知されているラデッキー行進曲。イタリアに勝利した将軍を祝う曲だったのか。ちなみに今では平和の象徴だそうな。オーストリアの第一次大戦前夜あたり=帝国の崩壊を描いたもの。ほぼ同時代のエリザベートを描いた本はいろいろあるけどオーストリアを描けてたかどうか疑問かもしれない。これは軍や街の様子含めて国の状況が頭に入ります。三国同盟のドイツとイタリアってなんでかなと思ってたけど、間にオーストリアがいたんだった、納得。愚直な軍人が王様の命の恩人になるものの、子孫にとっては良かったのかどうか。何度か出て来る「桜桃の団子」が気になって仕方ないのは私だけでしょうね。通常はさくらんぼじゃなくアンズで作るものらしいぞ。

(139) 怒りの葡萄(スタインベック/ハヤカワepi文庫):
2014新訳で再読。前に読んだのは中学か高校生。貧乏人が苦労するどこまでも暗いアメリカの昔話であまり感心しなかった。再読したら1930年代ってそんなに「昔」じゃない。そして現在、歴史は廻っちゃってる・・・集約化も階層化も移民排斥も米国のみならず全世界に広がってる。全然変わってないじゃん!!グローバル化も情報化も解決にはならなかった。却って進めちゃった部分すらある。けどでも、移民排斥して「昔」に戻っても解決にはならんのだ。アンタが良かったっていう「昔」って実はこんなだった!と思い出すために、今読んだ方がいいと思う。読んだところでどうしたらいいのか、やっぱり答えはないんだけどさ。

(140) カップルズ(ジョン・アップダイク/新潮社):
アップダイクは「走れウサギ」を読んだだけだと思う。不倫の話と言う意味では同じだけど、輪をかけてる感じ。一つのコミュニティ内で恋愛というのが「アメリカ的」と考えてState of the Nationなのかね。全米がこんなわけじゃないと思うんだけど。でもアメリカTVドラマ的ではあるな。終わりはハッピーエンドっていうかなんて言うか。そんなのあり?とも思ったが、実際はドラマと違ってこんなのが多いんだろうな。