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2020年6月28日

ゼリーケーキ

「カステラの上に、生クリームやバタクリームでデコレーションをする代りに、果物をゼリーでよせたものが、きれいにのっている見事なケーキです」と「家庭でできる和洋菓子」には書いてある。

確かに昔そういうケーキを見た覚えはあるんだけど、最近はサッパリ見掛けない。
ところが先日アンテノールでゼリーが乗っている夏のケーキ「デザート・フリュイ」を見つけました。やったー!とお財布を握りしめたのだが、製品説明をよく読んでみるとゼリーがババロアの上に乗っていると書いてある。ううう、惜しい・・・
ババロアでもいいかとも思ったんだけど、ゼリーを作って出来合いのスポンジの上に乗せるだけにすれば自分でも出来るんじゃない?と考え直してお財布はバッグにしまったのだった。

ところがさー、そんなに簡単じゃなかった。とりあえずできた写真はこんな。
本来は、スポンジケーキを焼いた型を使ってゼリーを作り上に乗せるんだけど、AJは出来合いのスポンジケーキを使うので、ゼリーとスポンジの両方を底なしのパンケーキ型で抜いて重ねることにしたのだ。
が、どっちも上手く抜けなくて端っこがボロボロに(泣)。そしてゼリーは透明感を見せるために果物が沈んでいる側を下にして重ねるべきなのに、ついいつもの癖でフルーツが並んでいる下側を上にひっくり返して乗せてしまい・・これじゃぁ、果物を並べて上からジャムを塗って照りを出しているだけに見えるよう(大泣)。手間がかかる割には見た目通りの味で面白くもなんともない。やっぱりアンテノールのババロアケーキにしておけばよかった。ぶつぶつ。

2020年6月27日

COVID19関連用語:ソーシャル・ディスタンス


感染対策として、他の人との距離は2mもしくは1m以上を推奨、というソーシャル・ディスタンス。概念として新しいので、カタカナのままで構わないと思うし、外国に行った/外国から来た人向けに使う場合にも、カタカナの方が使いやすくていい。私が気になるのは訳語の「社会的距離」の方。「社会的な」距離って意味わからなくない?
この言葉におけるsocialはソシアル・ダンスのsocial、つまり「社交的距離」 が日本語としてはわかりやすいと思うんだけど。

WHOはsocial distanceをphysical distanceと言い換えて使うようにしているそうだ。「社会」と翻訳されたことで、そんな差別っぽい意味合いじゃなくてー!と言い換えてたりなんかして(笑)。
「物理的距離」では逆に一般用語過ぎるので、新しい概念には新しい言葉social distanceの方が受け入れやすい気がする。でも「社会的」はなんだかなー。まぁ実体がわかっていれば単語はどうでもいいことではあるんだけどさ。ぶつぶつ。

2020年6月24日

COVID19関連用語:クラスター

COVID19関連用語として初めてこの言葉を報道で聞いた時、ずいぶん無責任な使い方だな、と思った。

先日、金田一秀穂先生が、カタカナのままにしないでちゃんと訳語を作った方がいいんだけど、そんな時間がないんだろうね、と言ってた。AJ自身はカタカナ語を使うこと自体は問題視してない。下手な訳語よりもカタカナのままの方が上手く伝わることもあるからね。特に専門系用語の場合。
でも今回の「クラスター」に関しては、「集団」で十分ではないかと思う。専門家会議が使う分には「クラスター」でも構わないけど、国民に知らしめる立場である政治家は言葉を吟味して使うべきだ。クラスターって何ですか?と先生に聞いて、これは「集団」じゃダメだなと思ったら、その理由も含めて新語をお披露目しないと。だいたいアンタは国民に伝えようって気持がないよね、と怒りながらテレビを見ていた。

閑話休題。clusterとは何か。
一言で言うと「集まり」。独立したものが集まっている感じ。ブドウの房が用例になっている。
一番覚えやすい例はたぶん「クラスター爆弾」だと思う。複数の爆弾をまとめて1個にしたもの。東京大空襲で使われたのもこの類で、ひとまとめの容器に入った爆弾が、落ちる途中でバラバラになって広い範囲に被害をもたらす。今回の用例に近い感じするよね。

AJ自身がこの言葉に最初に向き合ったのは、エンジニア時代にディスク構成用語としてでした。
wikiを読んでみる。クラスタとはディスク上の単位で、複数セクタをまとめたものである。ファイルシステムはセクタ単位ではなく、クラスタ単位で割り当てることで管理を省力化している。えーとつまりさ、物理単位であるセクタに、クラスタという論理単位をかぶせるわけだよ。そうすることで上位アプリは意識しなくてもディスクを二重化したり、物理的に分散させたりできるわけだ。
そのうちにディスクに限らず、「サーバクラスター」とか「クラスターシステム」とかも使うようになった。個々のサーバやら何やらを意識せずに使えるようにする。災害時の業務継続対策として流行ったな。意味合いはディスクの時と一緒。

「データ・クラスタリング」「クラスタリング解析」といったビッグデータ用語もあったな。
たくさんのデータを「クラスタ」にまとめるんだけど、似たような用語として「グループ化」「セグメント化」があるんだよ。今Googleしてみると同じ意味だと言っているサイトも多いけど、微妙に違うのよ。
うまく言えないけど、「セグメンテーション」はきっちり線を引いて分ける感じ。「グルーピング」だとラベルを付ける感じ。そして「クラスタリング」だととりあえず分けてみた感じ。予めちゃんと意図があるわけでもなく、こんな感じで分けるとどうかな?的なのが「クラスタリング」なのであり、「考えないでとりあえず分けてみる」のが新しかったのだ。

さて、COVID19用語として、「集団」がgroupやpartyではなくclusterなのは恐らく、飲酒だかクルーズ旅行だか夜の街だか実際には何らか目的を持って集まったとしても、感染という観点においては「たまたまその場所にいた」集団だからだと思うのね。
或いは、ここにいた感染者がこっちに行って更に感染者を増やして、って相関図を描いてみた時に、それがブドウの房に見えたからclusterにしたのかな?でも元々clusterの用例として人の集まりって用例があるしな。たぶん前者で正しい筈。
集まることに意味があるわけではなく、たまたま集まっている感じ。クラスター爆弾も、複数まとめて強力にしたのをそのまま使うわけじゃなく、最終的にはバラバラにするんだけど、最初はたまたま塊にしてるの、って感じなのかな。

「クラスター対策」はまぁいいとして、「クラスターが発生」については使い方として明らかに間違っていると思う。そこはせめて「クラスター感染が発生」って言ってよ。ほんとは「集団感染が発生」で十分だと思うんだけどなー。

2020年6月19日

カップケーキ

カップケーキと言われて現在の私の頭に浮かぶのは、アイシングやクリームでこてこてに飾られたアメリカンカップケーキ。TVドラマで脚光を浴びて一時期は東京でも流行っていましたが、もうブームは去ったみたいで、元祖のマグノリアベーカリーもとっくに撤退した後なのだった。右写真はチャプチーノのもの。日本製らしい一口サイズです。

現在カップケーキというと、こんなデコデコのが多いんだけど、「家庭でできる和洋菓子」のはシンプルにレーズンが入っただけのもの。昔はそうだったよね。このタイプをお店で買うのは難しいので自粛期間中に作ってみた。ていうか、そもそもカップケーキって家で作るもので、お店で買ったり食べたりするものではなかったような気がする。

有り合わせのパネトーネの型を使ったので、カップケーキぽく見えないかもしれないけど、こんな感じ。

さて問題は、先日取り上げたマフィンとどこが違うのか?
少なくとも見た目じゃ全然わからない。
「和洋菓子」で使う材料は両方ほぼ同じで、粉・砂糖・玉子・バタ・湯又は牛乳・ベーキングパウダー・レーズン。マフィンのレシピはレーズンは入ってないけど、レーズンを入れても美味しいと書いてある。
分量も、粉・砂糖・玉子・バタはほぼ同じで、牛乳とベーキングパウダーがマフィンの方が多い→カップケーキの方が気持ちずっしりめ。でも一般的にはマフィンの方がずっしりみっちりな印象が強い。

web上でも取り上げられているけど、違いは「マフィンはパン」で「カップケーキはお菓子」。
菓子パンという言葉もあるように区別はつかないんだけど、パンであるマフィンには塩が入っていて、チーズとか甘くない(実態は甘いけど食事っぽい味もする)バリエが存在する。カップケーキの方はあくまでスイーツで、デコデコなバリエが存在する。バリエの方は見分けが付くんだけど、シンプルなやつは見分けがつかない。っていうか同じもの(笑)。

和洋菓子のレシピで言えば、塩が材料に入るのがマフィンで、入らないのがカップケーキと言えるのだが、一般的にそう言える自信はないなー。
ま、違いは気持ちの問題ってことで(笑)。

2020年6月12日

COVID19用接触確認アプリ

感染防止の目的で使用が推奨されるらしい接触確認アプリ。
電話番号他の個人情報は取らないので、セキュリティ上安心です!って言うけどさ、知らない端末と常時通信するってだけで十分怖いんですけど。
アプリ自体が安全なのは当然として、そもそもブルートゥースを開けっ放しにするところが既に怖いの。悪意のあるユーザーはどこにでもいるし、セキュリティーホールのない仕組みなんてないし。

ブルートゥースは今回の目的にうってつけのデバイスなのは認めるが・・・不特定多数とのP2Pをスマホで実践するのは怖すぎるように思う。使用しなさい!って強制されたらどうしよう。

って、スマホ持っていない私が強制されるわけないんだった(笑)。

2020年6月9日

光文社古典新訳シリーズ(23)

こちらもCOVID19のせいで棚上げになっていたのだった。出版は進んでいるのでとっとと追いつかなくちゃ。今回はGuardian’sとの重複が半分を占めています。

(221) 詩学(アリストテレス):先日読んだ「薔薇の名前」でキーワードになっていた詩学。詩についての本で、喜劇や笑い?と思ってたけど、詩じゃなくて、古代ギリシャ劇(悲劇と叙事詩)についての本だったのね。総合芸術としての劇。要は芸術論だったのだ。古代ギリシャでは、韻律が大事だったんだって。脚韻ではなく、強弱(英語)でも音の数(日本語)でもなく、タ・タンとタン・タ・・・ってわかったようなわからないような。

(222) 今こそ希望を(サルトル×レヴィ):老いたサルトルが若いコミュニストのレヴィと会話。雑誌のための対談だけど、どうみても自己批判を迫られているサルトル。バシッと断言する天才サルトルではないところが逆にカッコイイです。お友達がみんな掲載に反対したのよくわかる。そして、バシッとではないながらも、20世紀末に絶望しながらも、やっぱり希望だと言う所がいいなぁ。年寄りには年寄りのカッコよさがあるね。2020年の今こそ希望を!

(223) リヴァイアサン(ホッブズ): 1巻目の後書きによると、昔は民主主義の元祖として習ったけど、今は中学校ではスルーされているらしい。確かに民主主義の萌芽というより王政復古待望論に見えるもんな(笑)。出版はクロムウェルの共和制成立時、ルソーの民約論より100年も前。合議制(貴族制)も民主制も否定はしてないが、王政と並べた書き方になっている。必要なのは「主権」であり、それがない状態では「万人の万人に対する戦い」になってしまうと。例として各国入り乱れて開拓中のアメリカが挙げられている。デモを否定してたり、今見ると反共和制にしか見えないんだけど、教会の政治介入否定や、何より「主権」が必要なんだ!=王権を倒すだけじゃダメ、と定義したことで、結果的に民主主義の元祖になったんだろうね。混乱するので読まなくていいと思う(笑)

(224) 宝石/遺産 モーパッサン傑作選(モーパッサン):同じ短編集なら「脂肪の塊」の方が好きかな。でも模造品と思っていた妻の宝石が本物だったという「宝石」はラストが微妙なハッピーエンドで好き。「遺産」はありそうな話でちょっと。他の短編も結末が見えてあまり感心はしない。つまらないとまでは言わないけどさ。

(225) 死刑囚最後の日(ユゴー):死刑(特にギロチン)反対を主張するための創作。確かに死刑で犯罪が抑止されるとは思えないし悪趣味だよな、ギロチンは特に。死刑囚が何の犯罪を起こした(と思われている)のかが描かれていないので、ドラマとしてはどうなの?と思うが、死刑廃止論としては個々の事情に触れたくないのだろうね。まだ死刑がある日本でこそ読まれるべきなのかもだけど、読んでも死刑廃止に傾くとは思えないな。ギロチン廃止にはなっても。

(226) サイラス・マーナー(エリオット):Guardian’s1000で済。

(227) シェリ(コレット):Guardian’s1000で済。

(228) シークレット・エージェント(コンラッド):Guardian’s1000で済。

(229) われら(ザミャーチン):Guardian’s1000で済。

(230) 白痴(ドストエフスキー):Guardian’s1000で済。

2020年6月2日

Guardian’s 1000 (17)

図書館の再開を受けて大急ぎで読書も再開。いつまた自粛モードに入るかわからないので、リクエストも多めにしとかなくちゃ。ぶつぶつ。
今回からカテゴリーを気にせず、10冊ずつアップしていきます。

(161) シェリ(コレット/光文社古典新訳):
友達の息子と恋愛関係になってしまう元高級娼婦のアラフィフ美魔女レア。「危険なふたり」はシェリが若い女と結婚することで崩壊する。崩壊は必然だし、シェリの執着や迷いはよくある話なんだけど、思い切るレアがカッコイイ。強がりじゃなくて場数なんだよね。そして実話ベースなのがスゴイ。実際には友達の息子ではなく、義理の息子!さすが美魔女・・・

(162) LAコンフィデンシャル(ジェイムズ・エルロイ/文春文庫):
LA市警を舞台とした推理小説。犯人は何となくわかってしまうのだが、そういう背景だったか。敵味方入り乱れるのがスリリング。恋模様?もアメリカぽく映画化されて当然の作品。続き気になる―。

前に読んだブライトン・ロックが面白かったので、グレアム・グリーンを固め読み。なんで今まで読んでなかったんだろう?読みやすくて面白いのに。

(163) 拳銃売ります(グレアム・グリーン/早川書房):
犯罪小説。兎唇(って差別用語なのか!)のレイブンは子供のころから誰も信じられず冷酷な殺人者への道を歩んできた。が、自分を友達だと言ってくれる女性に出会い、迷いながらも信じたのに、彼女は刑事の恋人だった・・・レイブンに同情心を感じながらも結局、恋人との結婚話に幸福感に浸るアン。救いのない結末だけど、こんなだよなぁ。映画化したくなる気持ちわかるなぁ。

(164) 恐怖省(グレアム・グリーン/早川書房):
犯罪小説というより不条理なんだけど、あり得る感じが怖い。第二次世界大戦中のロンドン。親ナチス派の暗躍?殺人犯とフツーの人は見わけが付くのか。フツーの人に潜む狂気っていうか。戦時中って明らかに非常時なんだが、日常と非常時の境なんてない。他人事じゃなく読みたい。

(165) 第三の男(グレアム・グリーン/早川書房):
映画で有名だが、もともと映画のために書かれたのだそうだ。映画一応見たんだけど、音楽しか思い出せない。粗悪ペニシリンを密売していた友人とうっかり詐欺師となった作家。しかしウイーンってこんな状態だったのか。占領下だからの状況ってあるよね。と書いている間もチターの旋律が頭を離れない。

(166) 情事の終わり(グレアム・グリーン/新潮文庫):
これも映画化されたな。知人の妻と不倫。熱愛は過ぎたが終わったような終わってないような。次の恋愛疑惑を持ちながら再開して微妙に再燃するも彼女は突然病に倒れてしまい、残された夫と彼女を偲ぶことに。恋の終わりってこんなことあるよな。でもそれだけじゃないのは、宗教の存在。神を信じるかどうか、そしてカソリックなのかどうか。結婚とは、葬儀とは、どうあるべきなのかが宗派で違う。日本人にはピンと来なくても、欧米人には大事なことなんだろうね。

(167) ハバナの男(グレアム・グリーン/早川書房):
ハバナ在住の英国人が諜報活動を無理やり気味に依頼されて、テキトーなレポートを書いて報酬を受け取る。掃除機をスケッチするのが秀逸。結末はセーフな感じだけど、被害者も出てるしComedyカテゴリでいいのか少し疑問。案外こういうフェイクなレポートってあるんだろうな。広告料欲しさにフェイクニュースを作るのもこの延長線上よね。騙される方も問題あるけど、笑ってていいのか。

(168) 叔母との旅(グレアム・グリーン/早川書房):
銀行を退職した面白みのない僕が、母の葬式にやってきた叔母に振り回される。突拍子もない話にうっそーと思いつつも案外本当だったりして仰天。ロマンチックで破天荒なオーガスタ叔母さん素敵。ラスト、黒人の元恋人は死ななくてもいいと思うが、概ねユーモア小説で読んで楽しい。

(169) 大転落(イーヴリン・ウォー/岩波文庫):
ウォーの初作品だそうな。素直にユーモア小説。牧師を目指す真面目な一青年ペニーフェザー君は、お貴族様クラブの悪戯に巻き込まれ、無実の素行不良で放校処分。教師として田舎の学校に就職するも、周りは変わったやつばかり。教え子とその母親に目を付けられ結婚寸前まで行くも、彼女の代わりに出掛けた港で奴隷貿易の罪で逮捕され服役。刑務所では案外心静かな生活を楽しむが、結局「死んだ」ことになって同姓同名の別人として最初の牧師学校に逆戻り。原題のFall and Declineはローマ帝国衰亡史をもじったものだそうで。「大転落」はどうかと思うけど、フツーの善人がお貴族様のご都合で転落してしまうってことかな。でも最後に戻れるし、ポール君に変わりがないのがAJ好み。身分の隔絶がイギリスっぽい。

(170) われら(ザミャーチン/光文社古典新訳):
1984的なディストピア小説。スゴイのはスターリン独裁前のソ連で書かれたということ(出版はさすがに無理だったらしい)。その割にソ連ぽい感じは薄く(「恩人」はいるけど「党」はいない)中世ヨーロッパを映してるようにも見える。でも個人名全くないのは新しいかも。科学万能なのもらしい。今でいうと北朝鮮ぽいかも。