奈良はお茶が今一つで、だからお菓子も今一つだろうと思う。決してまずくはないんだけど、やっぱり京都と較べちゃうと分が悪いよね。でもシンプルな草餅を買って食べたら普通においしかったよ。
2011年11月28日
三笠山と饅頭神社
先日桃山の話を書いたけど、今回の奈良旅行では和菓子な場所がたくさんありました。
まずはやっぱり三笠山。・・・やっぱりどら焼きには見えませんよ。ていうかそもそも「山」には見えないような(笑)。これは「丘」ではないですかね。でも地図を見るとこれが若草山だと書いてある。山焼きの跡があるから確かにこれが若草山=三笠山なんだと思う。標高342mには見えません。海抜は342mなんだろうけど、地面の高さが300mくらいあるんじゃないか・・・なだらかな「山」ではある。
次はホテルの近所にあった饅頭神社、じゃなくて林神社。塩瀬饅頭の元祖である林浄因さんという方をお祀りしたものだそうで、鏡餅のようなお饅頭が供えられている。お菓子業界の方がお布施しているようでした。地図には「漢国神社」と書いてあってその一画に小さく間借りしているんだけど、道路沿いにちゃっかり「饅頭の祖神 林神社」と標識が出ていて饅頭!と気が付いたのだった。
2011年11月20日
おすすめは東大寺
興福寺は藤原氏のお寺で、春日大社は藤原氏の神社。奈良公園にあるもう一つの目玉、東大寺は藤原氏の何?と思ってしまうが(笑)、ご存知の方は多いと思うけど、東大寺は天皇(聖武天皇)が建てたお寺。「東の大きなお寺」という判りやすいネーミングは、時の都であった平城京からのロケーション。東があれば西もあり、大和西大寺が西の大きなお寺、になります。
東大寺といえばやっぱり大仏様ということになるのだけど、修学旅行の度に見たと思うし、今回も大仏殿は見学してきたけど・・・ううむ。もっと大きくなかったっけ?鎌倉の大仏様の方が大きくない?
実際には奈良の方が大きいのだが・・・なぜか私には鎌倉の方が大きい気がした。お部屋の中にいるからかね?ま、しかし大きいことは大きい。大きいけど・・・うまく言えないのだが何だか遠い感じ。大仏様が出来たのは752年。伽藍が出来たのは789年とあるから、平安京に移るほんの少し前。せっかくこんな大きな仏様を作ったのに何で置いて行ったんだろう(でかすぎたからかな・・・)
しかし置いて行ってもらったおかげで、東大寺は独自の厳しい修行を行うお寺となったらしく。お水取りが有名だよね。
で、私のお勧めは、お水取りのある二月堂。大仏殿よりもだいぶ山の方へ歩かないとなので、春日大社同様パスする人が多いのではないかと思うが、建物自体もおしゃれだし、何より二月堂からの眺めは絶景なので、絶対行くべきと思う。
・・・判りにくいけど、写真下(手前)は二月堂の建物で、左の真ん中くらいにある三角屋根が大仏殿。遠く市内が見下ろせます。二月堂の建物は舞台造というのだそうで、そういえば清水寺にどこか似ているかも。バルコニー(違うって)からの眺めが気持ちいいです。
お水取りの時には、松明を持ってここを走り回るんだなぁ。すごいなぁ。どうして燃えないのかなぁ・・・
ちなみに東大寺では今秋「東大寺ミュージアム」なるものがオープンしました。私が行ったのはその前だったんだけど、ちょうど三月堂の何か(梱包されていて判らなかった。冷蔵庫大のもの)を移送するところに行き合わせた。
オレンジ色のトラック上の、置く位置が決まっているらしく、少しずつ上げては下げ、上げては下げ・・・研究者らしい人達が遠巻きに心配そうに見ていた。運ぶのって大変なんだなぁと思ったのだった。
そんなわけで三月堂は中に入れなかった(ちょっと覗いたけど何もなさそうだった)。二月、三月とあって四月堂もあるのだが、五月堂から先はないようです。とにかく、春日大社同様、緑が濃いのが気持ちよかった。
東大寺といえばやっぱり大仏様ということになるのだけど、修学旅行の度に見たと思うし、今回も大仏殿は見学してきたけど・・・ううむ。もっと大きくなかったっけ?鎌倉の大仏様の方が大きくない?
実際には奈良の方が大きいのだが・・・なぜか私には鎌倉の方が大きい気がした。お部屋の中にいるからかね?ま、しかし大きいことは大きい。大きいけど・・・うまく言えないのだが何だか遠い感じ。大仏様が出来たのは752年。伽藍が出来たのは789年とあるから、平安京に移るほんの少し前。せっかくこんな大きな仏様を作ったのに何で置いて行ったんだろう(でかすぎたからかな・・・)
しかし置いて行ってもらったおかげで、東大寺は独自の厳しい修行を行うお寺となったらしく。お水取りが有名だよね。
で、私のお勧めは、お水取りのある二月堂。大仏殿よりもだいぶ山の方へ歩かないとなので、春日大社同様パスする人が多いのではないかと思うが、建物自体もおしゃれだし、何より二月堂からの眺めは絶景なので、絶対行くべきと思う。
・・・判りにくいけど、写真下(手前)は二月堂の建物で、左の真ん中くらいにある三角屋根が大仏殿。遠く市内が見下ろせます。二月堂の建物は舞台造というのだそうで、そういえば清水寺にどこか似ているかも。バルコニー(違うって)からの眺めが気持ちいいです。
お水取りの時には、松明を持ってここを走り回るんだなぁ。すごいなぁ。どうして燃えないのかなぁ・・・
オレンジ色のトラック上の、置く位置が決まっているらしく、少しずつ上げては下げ、上げては下げ・・・研究者らしい人達が遠巻きに心配そうに見ていた。運ぶのって大変なんだなぁと思ったのだった。
そんなわけで三月堂は中に入れなかった(ちょっと覗いたけど何もなさそうだった)。二月、三月とあって四月堂もあるのだが、五月堂から先はないようです。とにかく、春日大社同様、緑が濃いのが気持ちよかった。
桃山
月餅の回に書いたけど、私にとって「中村屋の和菓子」と言ったら、月餅か桃山。子供の頃はどっちも他のお店では見掛けなかった・・・ような気がする。今では山崎パンがコンビニとかでも売ってますね。買うほど好きかと言われると自信がないが、ほんわり黄身餡が子供好みの味。
桃山っていうのは、外側の生地のことを言うのだそうだ。だから中身が黄身餡でなくてもいいのかもね。
この黄色い桃山生地は、白餡(外側もアンコ!)と卵黄と粉(寒梅粉とGoogleでは出てくるが、中村屋はみじん粉と書いてある)でできている。型押しして焼くのがお約束。
そうしてその「型」に五三桐の焼き型が使われているので桐→豊臣家→伏見桃山→桃山というネーミングらしい。なぜ桐なのかは不明。
ふーん・・・でも中村屋の桃山には桐付いてませんよ。これは菊じゃないかね?山崎の桃山には桜(たぶん)が付いていた。ほんとに桐付いているのかなぁ?と思うのだが、関西方面では常識なのかもしれない。関西人は関東人に比べて豊臣家への思い入れが深いしな。関西の和菓子屋には当たり前に桐紋があるけど、東京にはなくて、なんでもいいよね植物ならということになってしまったのかも。
夏休みに奈良に行ったとき、京都からJR奈良線に乗ったので、途中「桃山駅」がありました。安土桃山ってここかーと思った。でもwikiによると、当時は「伏見」と呼んでいて(今でも伏見ともいうけど)、「桃山」になったのは、伏見城跡地に桃が植えられたからとのこと。
だとしたら「安土桃山時代」といういい方は時代考証上問題があるのではないか。「安土伏見時代」・・・言いにくいし何だか地味だな。桃山の方が華やかで似合ってはいる。城跡が桃畑になったのはある意味諸行無常ってやつだが、同じ畑でも何だか明るくていいね。
桃山っていうのは、外側の生地のことを言うのだそうだ。だから中身が黄身餡でなくてもいいのかもね。
この黄色い桃山生地は、白餡(外側もアンコ!)と卵黄と粉(寒梅粉とGoogleでは出てくるが、中村屋はみじん粉と書いてある)でできている。型押しして焼くのがお約束。
そうしてその「型」に五三桐の焼き型が使われているので桐→豊臣家→伏見桃山→桃山というネーミングらしい。なぜ桐なのかは不明。
ふーん・・・でも中村屋の桃山には桐付いてませんよ。これは菊じゃないかね?山崎の桃山には桜(たぶん)が付いていた。ほんとに桐付いているのかなぁ?と思うのだが、関西方面では常識なのかもしれない。関西人は関東人に比べて豊臣家への思い入れが深いしな。関西の和菓子屋には当たり前に桐紋があるけど、東京にはなくて、なんでもいいよね植物ならということになってしまったのかも。
夏休みに奈良に行ったとき、京都からJR奈良線に乗ったので、途中「桃山駅」がありました。安土桃山ってここかーと思った。でもwikiによると、当時は「伏見」と呼んでいて(今でも伏見ともいうけど)、「桃山」になったのは、伏見城跡地に桃が植えられたからとのこと。
だとしたら「安土桃山時代」といういい方は時代考証上問題があるのではないか。「安土伏見時代」・・・言いにくいし何だか地味だな。桃山の方が華やかで似合ってはいる。城跡が桃畑になったのはある意味諸行無常ってやつだが、同じ畑でも何だか明るくていいね。
2011年11月13日
鹿が来た春日大社
奈良公園に鹿がいるのは、鹿島神宮から春日大社のために鹿が来たからだ(ということになっている)。では春日大社は何のために建ったかというと、公式サイトには「平城京の守護と国民の繁栄を祈願するために創建された」と書いてある。そうだったらこれこそ平城京が遷都された時に京都に付いていくべきだと思う。
春日大社の神紋は下がり藤です。ということはすぐ想像がつくように、藤原氏の神社(氏神)なんですね。藤原氏はお寺(興福寺)を建てた後に、神社も建てることにしたんだな。明治時代に神仏分離令が出るまで、神も仏も一緒くただったせいなんだろうけど、廃仏毀釈運動の中、興福寺も東大寺も土地を手放さずに済んだ(手放したかもだけど)のは、春日大社のおかげのような気がする。仏像の類がないためか交通の便が一番悪いせいか、今一つ影が薄い春日大社ですが、緑が濃くて気持ちがいいです。
いかにも神社、て感じの南門。
そんなに古いものには見えませんけど、14世紀の再建だそうで・・・朱塗りだけ繰り返しているのかな。
下の写真は門を入ったところ。南門同様の鮮やかな朱塗りの建物が殆どなんだけど、地味な建物もあってこれはこれで神社っぽい。
朝早く行ったので、あちこちでお掃除の最中だった。水を撒いていた巫女さんは、頭に下がり藤を付けていて大層カワイイ。
というか、巫女さんが藤を付けているのを見てなんてカワイイんだろう、ウチの近所の神社でもああすればいいのに、とまず感動して、その後であちこちに藤のマークが付いているのに気付いた。前日興福寺に行ったので、藤=藤原氏だなとピンと来たのだった。
神社のがらーんとした空間と、周りの森というか山というか鬱蒼とした気配との対比がとても神秘的で神々しくて、何だか神社っていいなぁ、と素直に思ってしまう場所でした。どこから行ってもちょっと歩くんだけど行く価値はあるので、奈良公園に行ったら東大寺と興福寺で終わらずに、鹿のパトロン春日大社にも是非寄るように。
春日大社の神紋は下がり藤です。ということはすぐ想像がつくように、藤原氏の神社(氏神)なんですね。藤原氏はお寺(興福寺)を建てた後に、神社も建てることにしたんだな。明治時代に神仏分離令が出るまで、神も仏も一緒くただったせいなんだろうけど、廃仏毀釈運動の中、興福寺も東大寺も土地を手放さずに済んだ(手放したかもだけど)のは、春日大社のおかげのような気がする。仏像の類がないためか交通の便が一番悪いせいか、今一つ影が薄い春日大社ですが、緑が濃くて気持ちがいいです。
いかにも神社、て感じの南門。
そんなに古いものには見えませんけど、14世紀の再建だそうで・・・朱塗りだけ繰り返しているのかな。
下の写真は門を入ったところ。南門同様の鮮やかな朱塗りの建物が殆どなんだけど、地味な建物もあってこれはこれで神社っぽい。
朝早く行ったので、あちこちでお掃除の最中だった。水を撒いていた巫女さんは、頭に下がり藤を付けていて大層カワイイ。
というか、巫女さんが藤を付けているのを見てなんてカワイイんだろう、ウチの近所の神社でもああすればいいのに、とまず感動して、その後であちこちに藤のマークが付いているのに気付いた。前日興福寺に行ったので、藤=藤原氏だなとピンと来たのだった。
神社のがらーんとした空間と、周りの森というか山というか鬱蒼とした気配との対比がとても神秘的で神々しくて、何だか神社っていいなぁ、と素直に思ってしまう場所でした。どこから行ってもちょっと歩くんだけど行く価値はあるので、奈良公園に行ったら東大寺と興福寺で終わらずに、鹿のパトロン春日大社にも是非寄るように。
2011年11月6日
阿修羅のいる興福寺
奈良公園の中には、東大寺、春日大社、興福寺と3つの大きな寺社がありますが(小さいのはすごくたくさんある)、イメージとしてはたぶん大仏のいる東大寺が奈良公園の顔なんじゃないかね。でも五重塔は興福寺なんだよ。
起源が一番古いのも、実は興福寺。奈良時代の建物は残ってないんだけど、奈良時代の仏像の類はたくさんある。一番有名なのは、当然、阿修羅像!だよね。
興福寺に行ってみて、あそうか、と思ったのは、阿修羅というのは仏様御一行様の中では身分が低いのね。ご本尊は釈迦如来像なので、お付きの一人にすぎない阿修羅像は、他のお付きの人達(人じゃないか)と一緒に並んでいるのだった。説明も特別扱いなし。
でも殆どの見物客の興味は阿修羅像にあり。たくさん並んだお付きの人々(だから人じゃないって)の阿修羅像の前にだけ人だかりができている。気の毒なご本尊。そして展示の仕方は「単なるお付き」だけど、お土産屋は阿修羅グッズだらけ。お釈迦様や十大弟子の皆様はさびしくないだろうか。ま、そんな煩悩はとっくにお持ちでないよね。
一番感心したのは、興福寺公認のiPhoneアプリが出ていたこと。阿修羅像を360度眺められるアプリ・・・好きな人は好きなんだろうなぁ。作ったのは興福寺ではなく、JR東海の関係会社とのこと。お代は阿修羅像が入っている国宝館の入場料と同じ600円。ま、買ってさえしまえば毎日何度でもどの角度からでも阿修羅像を眺められるからずっとお得なのかもしれないけど・・・ 興味ある人は、AppStoreにてどうぞ。
興福寺は藤原氏のお寺で、藤原不比等が飛鳥からここに連れてきたのが始まりだそうだ。平城京が建った頃のこと。だとしたら何で平安京が建った時に京都に連れて行かなかったのかね?平安時代の藤原氏は嫡流じゃなかったのかな?と思いきや、そういうことでもないみたい。平安時代でも興福寺は手厚く保護されたとwikiに書いてある。興福寺を建ててからの藤原氏繁栄がすごかったために、逆に動かせなくなったのかもね。時の権力者の後ろ盾を得て、東大寺や春日大社を従えていたようだ。今も特に東大寺とは張り合っているように見えるけどね(笑)。
起源が一番古いのも、実は興福寺。奈良時代の建物は残ってないんだけど、奈良時代の仏像の類はたくさんある。一番有名なのは、当然、阿修羅像!だよね。
興福寺に行ってみて、あそうか、と思ったのは、阿修羅というのは仏様御一行様の中では身分が低いのね。ご本尊は釈迦如来像なので、お付きの一人にすぎない阿修羅像は、他のお付きの人達(人じゃないか)と一緒に並んでいるのだった。説明も特別扱いなし。
でも殆どの見物客の興味は阿修羅像にあり。たくさん並んだお付きの人々(だから人じゃないって)の阿修羅像の前にだけ人だかりができている。気の毒なご本尊。そして展示の仕方は「単なるお付き」だけど、お土産屋は阿修羅グッズだらけ。お釈迦様や十大弟子の皆様はさびしくないだろうか。ま、そんな煩悩はとっくにお持ちでないよね。
一番感心したのは、興福寺公認のiPhoneアプリが出ていたこと。阿修羅像を360度眺められるアプリ・・・好きな人は好きなんだろうなぁ。作ったのは興福寺ではなく、JR東海の関係会社とのこと。お代は阿修羅像が入っている国宝館の入場料と同じ600円。ま、買ってさえしまえば毎日何度でもどの角度からでも阿修羅像を眺められるからずっとお得なのかもしれないけど・・・ 興味ある人は、AppStoreにてどうぞ。
興福寺は藤原氏のお寺で、藤原不比等が飛鳥からここに連れてきたのが始まりだそうだ。平城京が建った頃のこと。だとしたら何で平安京が建った時に京都に連れて行かなかったのかね?平安時代の藤原氏は嫡流じゃなかったのかな?と思いきや、そういうことでもないみたい。平安時代でも興福寺は手厚く保護されたとwikiに書いてある。興福寺を建ててからの藤原氏繁栄がすごかったために、逆に動かせなくなったのかもね。時の権力者の後ろ盾を得て、東大寺や春日大社を従えていたようだ。今も特に東大寺とは張り合っているように見えるけどね(笑)。
2011年10月30日
金剛生駒国定公園 (2)
生駒山から帰ってホテルでテレビを見ていたら、台風12号で人的被害が出たことが報道されていた。奈良県の五條市だって。それってどこだろう?とガイドブックの地図を広げてみると・・・金剛山って五條市にあるのか。それは観光ロープウェイどころじゃないはずだ。これじゃ明日になっても行けないかも、と思ったのだった。
そして翌日。昼ごはんの茶粥を食べて、ロープウェイを運営する千早赤阪村(村営なんですよ)に電話してみる。今日は営業しているとのこと。良かった、と前日同様、河内長野駅まで出掛ける。駅前から無事にロープウェイ行きの南海バス(乗り放題の範囲内)に乗り込んだ。
暫くは、学生やら買い物帰りのおばさんやら乗客が結構いたのだけれど、10分も乗る内にどんどん降りて行き、住宅街が途切れた頃にはおばあさんと私の二人だけ。そのおばあさんも停車ボタンを押して、次からの停留所からは貸し切りバスだなぁ・・・と思った頃。
2車線の山道なのに急に渋滞。片側通行になっているらしい。のろのろと進んだところで警察官がやってきて、バスの運転手さんに話しかけた。この先で交通事故があって、こんな大型のバスは通れないかも、とのこと。
えーん! よくよく金剛山には縁がないのかしら・・・と思ったのだが、しばらくするともう一人運転手さんがやってきて、事故現場の向こう側にもロープウェイから来たバスがあるとのこと。警察を交えて話し合いの結果、バスの中身を入れ替えてピストン輸送することになった。バスを降りて事故現場の横を歩く。乗用車がひっくり返っていて周りは血の海・・・中にいた人はどうなったんだろう。ううう。怖いよう。下り坂のヘアピンカーブで回り損ねたらしい。運転する方は気を付けてくださいね。
バスは乗り換えたのだが、当然反対方向を向いているので、どこかまでバックで行くのかしら?と思いきや2車線の下り坂のヘアピンカーブでUターンし始めた。ちょっとちょっと!落ちそうなんだけど!ガードレールもないんだけど!と思ったけどそこはプロの運転手、ギリギリまで下がって一回で見事にUターンしました。いやー。あんなUターンするより、事故現場の横を通る方が難易度低かった気がする・・・
というわけで、30分程ロスをしましたが、無事にロープウェイ駅に辿り着いた。相客は山登り装備の男女。お姉さんは上で泊まるのか?と聞かれた。えっそんな風に見えるのか?と戸惑いながらイイエと返事すると、じゃあ山頂まで行くのか?と聞かれた。ロープウェイに乗って降りてくるだけです、と言ったら、変な奴、という顔をされた・・・小雨とは言え雨の中、登山する方が変だと思うけどな・・・
前置きが長かったが、ロープウェイ。絶景でした!
私の写真では今一つ絶景のすごさが判らないんだけど(笑)。ロープウェイは結構な高さのところをぐいぐい進む。雲海の中を登っていく感じ。昨日の生駒山程ではないけど、相当の霧がかかっているところがまた神秘的。
晴れていたら相当遠くまで見えるのだそうですが、霧は霧でとてもよかった。 何故かというと、
手持ちの記念切手も霧がかかっているので似てる方が嬉しいのだ(笑)。
でも切手よりずっと霧が濃くて、遠くの山なんか全然見えない状況ではあった。神秘的。神様が住んでいそうな山。
帰りは最終電車ならぬ最終ロープウェイのひとつ前だった。これ乗り遅れたら大変だよな、と往復切符(乗り放題の範囲外)を眺めると、「気象状況等による運休時は徒歩にて下山となりますので予めご了承下さい。」と書いてある。
げげげっ!どうか運休になりませんように!!と祈った甲斐があり無事に帰れました。バスは時刻表からは大きく外れていたけれど、30分も待たずに乗れたし、帰りはピストンではなく駅まで乗ったまま行けた。良かった・・・
そして翌日。昼ごはんの茶粥を食べて、ロープウェイを運営する千早赤阪村(村営なんですよ)に電話してみる。今日は営業しているとのこと。良かった、と前日同様、河内長野駅まで出掛ける。駅前から無事にロープウェイ行きの南海バス(乗り放題の範囲内)に乗り込んだ。
暫くは、学生やら買い物帰りのおばさんやら乗客が結構いたのだけれど、10分も乗る内にどんどん降りて行き、住宅街が途切れた頃にはおばあさんと私の二人だけ。そのおばあさんも停車ボタンを押して、次からの停留所からは貸し切りバスだなぁ・・・と思った頃。
2車線の山道なのに急に渋滞。片側通行になっているらしい。のろのろと進んだところで警察官がやってきて、バスの運転手さんに話しかけた。この先で交通事故があって、こんな大型のバスは通れないかも、とのこと。
えーん! よくよく金剛山には縁がないのかしら・・・と思ったのだが、しばらくするともう一人運転手さんがやってきて、事故現場の向こう側にもロープウェイから来たバスがあるとのこと。警察を交えて話し合いの結果、バスの中身を入れ替えてピストン輸送することになった。バスを降りて事故現場の横を歩く。乗用車がひっくり返っていて周りは血の海・・・中にいた人はどうなったんだろう。ううう。怖いよう。下り坂のヘアピンカーブで回り損ねたらしい。運転する方は気を付けてくださいね。
バスは乗り換えたのだが、当然反対方向を向いているので、どこかまでバックで行くのかしら?と思いきや2車線の下り坂のヘアピンカーブでUターンし始めた。ちょっとちょっと!落ちそうなんだけど!ガードレールもないんだけど!と思ったけどそこはプロの運転手、ギリギリまで下がって一回で見事にUターンしました。いやー。あんなUターンするより、事故現場の横を通る方が難易度低かった気がする・・・
というわけで、30分程ロスをしましたが、無事にロープウェイ駅に辿り着いた。相客は山登り装備の男女。お姉さんは上で泊まるのか?と聞かれた。えっそんな風に見えるのか?と戸惑いながらイイエと返事すると、じゃあ山頂まで行くのか?と聞かれた。ロープウェイに乗って降りてくるだけです、と言ったら、変な奴、という顔をされた・・・小雨とは言え雨の中、登山する方が変だと思うけどな・・・
前置きが長かったが、ロープウェイ。絶景でした!
私の写真では今一つ絶景のすごさが判らないんだけど(笑)。ロープウェイは結構な高さのところをぐいぐい進む。雲海の中を登っていく感じ。昨日の生駒山程ではないけど、相当の霧がかかっているところがまた神秘的。
晴れていたら相当遠くまで見えるのだそうですが、霧は霧でとてもよかった。 何故かというと、
手持ちの記念切手も霧がかかっているので似てる方が嬉しいのだ(笑)。
でも切手よりずっと霧が濃くて、遠くの山なんか全然見えない状況ではあった。神秘的。神様が住んでいそうな山。
帰りは最終電車ならぬ最終ロープウェイのひとつ前だった。これ乗り遅れたら大変だよな、と往復切符(乗り放題の範囲外)を眺めると、「気象状況等による運休時は徒歩にて下山となりますので予めご了承下さい。」と書いてある。
げげげっ!どうか運休になりませんように!!と祈った甲斐があり無事に帰れました。バスは時刻表からは大きく外れていたけれど、30分も待たずに乗れたし、帰りはピストンではなく駅まで乗ったまま行けた。良かった・・・
2011年10月23日
金剛生駒国定公園 (1)
奈良に出掛けたのは前にも書いたけど、手持ちの国定公園切手シリーズの中に、金剛生駒国定公園というものがあったことにもよる。(現在は「金剛生駒紀泉国定公園」に拡大されている)
地図で見て奈良県にあったので、深く考えずに奈良にしたのだったが、実際には奈良市内からはどちらも結構不便で、大阪に泊まった方が便利だったかもしれない(笑)
電車+ケーブルカーだけで行ける生駒山に較べて、バスに乗らないとロープウェイに辿り着けない金剛山の方が不便に見えたので、事前にネットでしっかり時刻表を調べ、ついでに運賃も比較計算して乗り放題切符を購入し、初日の日曜午後に予定通りまっすぐ金剛山に向かったのだったが。
実はその日は台風12号が通り過ぎてすぐ翌日だったのでした。雨は降っていたけど大した雨でもなかったし、なにしろ台風は通り過ぎた後だから何も心配してなかったのだが、バス乗り場まで来たら「ロープウェイ行きは通行止めにより休み」と書いてあるではないの。えーーっ!綿密に立てた計画が最初の工程であっさりおじゃん。えーん。
しばらくショックを受けていたが、せっかくフリー切符買ったんだから、と今来た電車とは違うのに乗ったら大阪に着いた。せっかく大阪に来たから何かおいしいものを食べよう。ご飯はさっき食べたばかりだからケーキの美味しいのがいいや、と本屋さんでえいやっと調べて天六のアルションというケーキ屋さんに行った。
・・・おいしい!!
関西でケーキが美味しいのは神戸だと思ってたけど、ここのケーキは絶品でした。久々に極上のケーキを食べた気がする。何でもない街の何でもない商店街にこんな極上のケーキがあるというところが、さすが大阪。いや羨ましい。
金剛山に行きそびれたショックがすっかり癒えて、では翌日行く予定だった生駒山の方に行ってみよう。生駒山は山頂に遊園地があるくらいだから、すっかり開発されていて、台風が来たくらいで止まったりしないんだろう、と思ったのだった。
で、想像通り生駒山ケーブルは動いていたし、遊園地も営業してはいたのだったが、、
すごい霧。10m先が霞んで見えません。こんな中で営業するかな普通。当然のようにお客も殆どいない。霧の中に沈む誰もいない遊園地は、ちょっとシュールで、何というかドラマの回想シーンみたい(笑)。迷子になったら困るので、ケーブルカー駅の周辺50m位をうろうろしただけで、すぐに帰りのケーブルカーに乗った。
駅員さんから何しに来たんだか、という顔をされた。
晴れていれば、生駒山からの夜景はとてもきれいなのだそうです。でも霧の遊園地もなかなか見られないと思うので良かった。きっと明日になれば霧も晴れて、金剛山にも行けるだろうと思ったのだった。(続く)
地図で見て奈良県にあったので、深く考えずに奈良にしたのだったが、実際には奈良市内からはどちらも結構不便で、大阪に泊まった方が便利だったかもしれない(笑)
電車+ケーブルカーだけで行ける生駒山に較べて、バスに乗らないとロープウェイに辿り着けない金剛山の方が不便に見えたので、事前にネットでしっかり時刻表を調べ、ついでに運賃も比較計算して乗り放題切符を購入し、初日の日曜午後に予定通りまっすぐ金剛山に向かったのだったが。
実はその日は台風12号が通り過ぎてすぐ翌日だったのでした。雨は降っていたけど大した雨でもなかったし、なにしろ台風は通り過ぎた後だから何も心配してなかったのだが、バス乗り場まで来たら「ロープウェイ行きは通行止めにより休み」と書いてあるではないの。えーーっ!綿密に立てた計画が最初の工程であっさりおじゃん。えーん。
しばらくショックを受けていたが、せっかくフリー切符買ったんだから、と今来た電車とは違うのに乗ったら大阪に着いた。せっかく大阪に来たから何かおいしいものを食べよう。ご飯はさっき食べたばかりだからケーキの美味しいのがいいや、と本屋さんでえいやっと調べて天六のアルションというケーキ屋さんに行った。
・・・おいしい!!
関西でケーキが美味しいのは神戸だと思ってたけど、ここのケーキは絶品でした。久々に極上のケーキを食べた気がする。何でもない街の何でもない商店街にこんな極上のケーキがあるというところが、さすが大阪。いや羨ましい。
金剛山に行きそびれたショックがすっかり癒えて、では翌日行く予定だった生駒山の方に行ってみよう。生駒山は山頂に遊園地があるくらいだから、すっかり開発されていて、台風が来たくらいで止まったりしないんだろう、と思ったのだった。
で、想像通り生駒山ケーブルは動いていたし、遊園地も営業してはいたのだったが、、
すごい霧。10m先が霞んで見えません。こんな中で営業するかな普通。当然のようにお客も殆どいない。霧の中に沈む誰もいない遊園地は、ちょっとシュールで、何というかドラマの回想シーンみたい(笑)。迷子になったら困るので、ケーブルカー駅の周辺50m位をうろうろしただけで、すぐに帰りのケーブルカーに乗った。
駅員さんから何しに来たんだか、という顔をされた。
晴れていれば、生駒山からの夜景はとてもきれいなのだそうです。でも霧の遊園地もなかなか見られないと思うので良かった。きっと明日になれば霧も晴れて、金剛山にも行けるだろうと思ったのだった。(続く)
2011年10月2日
奈良と言ったらやっぱり・・・
東大寺、ではなく、鹿でしょ鹿。
奈良公園には本当にたくさんの鹿がいる。「鹿は野生動物です」から気をつけろ、と書いた看板をいくつか見掛けたが、それは奈良市(あるいは春日大社)が飼っているわけではないので、飼い主責任は負いません、と言いたいだけだと思われる。どうみても野生動物ではありませんよ。
カメラを向けると逃げるどころかカメラ目線のまま寄ってくる鹿の方が多い。たぶん撮影後にお礼として何か食べ物をあげる人がいるんだろうね。
私は撮影後に「鹿さん、ありがとう」と頭を下げるだけで何もあげないけど、でも鹿はこちらも学習しているらしく、お礼を言うとちぇっという顔で去っていくのだった。
鹿せんべいを買うと大変なことになるのは常識で、あんなものを買うのは、何も知らない気の毒な外国人観光客か、大変になるのを承知のお調子者だろうと思っていましたが、前者は確かに多かったが、日本人でも知らずに買う人いるのね。子供に持たせる人まで見掛けた。おいおい、危ないじゃないかー。
鹿がわらわら寄ってきて、おせんべがなくなってもしつこく追い回されるのは常識だ!と思っていたけど、それは修学旅行時に先輩から申し送りされたことだったかも。すると今どきの若者は京都奈良に修学旅行に行かないから知らないのも無理ないのかな・・・
奈良公園名物、「鹿の飛び出し注意」看板。
この写真の時も、看板を撮るのに構図を考えていると、鹿さんが目ざとく見つけてやってきた。いやいや鹿さん、サービス精神を発揮して飛び出したりしちゃ嫌だよ、と慌ててシャッターを切って、どうもと頭を下げると、やっぱりちぇっという顔で去って行ったのだった・・・
さて、奈良公園に鹿がいるのは皆様ご存知でしょうが、その鹿がどこから来たかはご存知でしょうか。
鹿さん達は、神の使いである白鹿に導かれ、鹿島神宮から1年掛けてはるばるやってきたのです!ということになっています。
そんな鹿さん達なので、大事にするようにという命令が早い時期に出され、それが綿々と引き継がれてきた。素晴らしいですね。本家鹿島神宮の鹿の方は、今まで何度も絶滅の憂き目に合い、今いる鹿は奈良公園からもらった鹿の子孫だとのこと。
さすが鹿さん、奈良の方が大事にしてもらえると考えて、はるばるやって来たんですかね・・・
2011年9月25日
奈良と言ったら・・・(2)
ガイドブックによると茶粥なんだって。
京都のぶぶ漬け(お茶漬け)はよく聞くけどねぇ。茶粥かぁ。
せっかくなので、名店と言われるところに行こう!と、奈良公園内になる「塔の茶屋」に決めたのだったが。
なんと「茶粥弁当」は、16時までしかやってない。仕方ないので2日目の午前中は茶粥のために奈良公園に行くことにした。開店同時に入りましたが、どうもこの店は予約するのが普通のようです。
茶粥弁当は茶粥(写真左下)の他に、柿の葉寿司を含むいろいろ奈良っぽい地味なおかずがたくさん付き、蕨もちもついて3,150円。京都の懐石料理とは異なり、かなりのボリューム(くまの小ささを見てね)。満腹感は高いのだったが、しかし。
1) 写真で分かるように、畳の上にお盆を置かれるのだよ。お部屋に入った時にテーブルないんだと思ったけど、きっとお膳で来るのねと思いました。お盆で来たからびっくりした。
2) テーブルがないということで想像つくと思うけど、純和風のお部屋(4畳半)に座布団が6つ。私は早かったこともあって結局独り占めで食べ終わったが、この値段で小さい部屋に相部屋はいやかも。他のお客はみんな予約客で別のお部屋に通されていたようなので、それが正解かも。外人さんとかは正座も辛いと思う。古いお部屋だけど小さい分、クーラーは効いていて快適だった。(でも台風12号の時は雨漏りしたと言っていた)
3) テーブルないし、お箸しかないから茶粥が食べにくい。蓮華付けてくれればだいぶ楽なのに。それに茶粥の器はプラスチックだ。
4) 茶粥は緑茶(奈良自慢の大和茶)なんだけど、お茶はほうじ茶。AJ的には、この位の値段出したら、ちゃんと淹れたおいしい煎茶が飲みたいよう。どうも奈良の人はお茶には興味がないような気がする。大和茶って言って売ってはいるけど。
閑話休題。茶粥は胃に優しい気がするが、まぁそういうものだった(笑)。ちなみにこの店は緑茶だったけど、ほうじ茶の茶粥の店もあるそうです。
京都のぶぶ漬け(お茶漬け)はよく聞くけどねぇ。茶粥かぁ。
せっかくなので、名店と言われるところに行こう!と、奈良公園内になる「塔の茶屋」に決めたのだったが。
なんと「茶粥弁当」は、16時までしかやってない。仕方ないので2日目の午前中は茶粥のために奈良公園に行くことにした。開店同時に入りましたが、どうもこの店は予約するのが普通のようです。
茶粥弁当は茶粥(写真左下)の他に、柿の葉寿司を含むいろいろ奈良っぽい地味なおかずがたくさん付き、蕨もちもついて3,150円。京都の懐石料理とは異なり、かなりのボリューム(くまの小ささを見てね)。満腹感は高いのだったが、しかし。
1) 写真で分かるように、畳の上にお盆を置かれるのだよ。お部屋に入った時にテーブルないんだと思ったけど、きっとお膳で来るのねと思いました。お盆で来たからびっくりした。
2) テーブルがないということで想像つくと思うけど、純和風のお部屋(4畳半)に座布団が6つ。私は早かったこともあって結局独り占めで食べ終わったが、この値段で小さい部屋に相部屋はいやかも。他のお客はみんな予約客で別のお部屋に通されていたようなので、それが正解かも。外人さんとかは正座も辛いと思う。古いお部屋だけど小さい分、クーラーは効いていて快適だった。(でも台風12号の時は雨漏りしたと言っていた)
3) テーブルないし、お箸しかないから茶粥が食べにくい。蓮華付けてくれればだいぶ楽なのに。それに茶粥の器はプラスチックだ。
4) 茶粥は緑茶(奈良自慢の大和茶)なんだけど、お茶はほうじ茶。AJ的には、この位の値段出したら、ちゃんと淹れたおいしい煎茶が飲みたいよう。どうも奈良の人はお茶には興味がないような気がする。大和茶って言って売ってはいるけど。
閑話休題。茶粥は胃に優しい気がするが、まぁそういうものだった(笑)。ちなみにこの店は緑茶だったけど、ほうじ茶の茶粥の店もあるそうです。
2011年9月11日
奈良と言ったら・・・(1)
奈良漬け・・・位しか思いつきませんでしたが、奈良漬けはお土産として買うものであって、現地で食べるものではないよね。ガイドブックによると、柿の葉寿司と茶粥が有名なのだそうだ。
柿の葉寿司は、なぜか近所にお店があるのだが、そういえば本店は奈良って書いてあった気がする。
どうせ行くなら東京に来てないやつ、というわけで「平宗」で食べてきた。柿の葉寿司だけじゃ寂しいので、いろいろ入りのセット。確か「校倉」っていう名前。
じゃーん。
柿の葉寿司は3個あって、鮭ひとつと鯖二つ(たぶん)。あとは左下から時計回りに、胡麻豆腐、揚げ物と野菜、トマトジュースに入った素麺、真薯、湯葉。あとお味噌汁と、食後のデザートが付いた。満腹。
トマト付素麺はんーと思ったけど、あとはおいしかった。でも海彦なAJとしてはこれだけ豪華なのにお刺身ないのかー。奈良って山彦の国なんだな、と思ったのだった。
柿の葉寿司の柿の葉っぱは食べられないけど、こちらは食べられるワサビの葉っぱでくるんだ山葵の葉寿司。おにぎり感覚で駅の売店で買ったら、保冷剤を付けてくれた。それって持たないってことよね、と慌てて駅で食べた(笑)。
山葵の葉っぱはピリ辛でおいしかったけど、ちょっと食べにくかった。葉っぱがついてないしパッケージも食べやすい、コンビニ版ますの寿司を見習って欲しいかも・・・
柿の葉寿司は、なぜか近所にお店があるのだが、そういえば本店は奈良って書いてあった気がする。
どうせ行くなら東京に来てないやつ、というわけで「平宗」で食べてきた。柿の葉寿司だけじゃ寂しいので、いろいろ入りのセット。確か「校倉」っていう名前。
じゃーん。
柿の葉寿司は3個あって、鮭ひとつと鯖二つ(たぶん)。あとは左下から時計回りに、胡麻豆腐、揚げ物と野菜、トマトジュースに入った素麺、真薯、湯葉。あとお味噌汁と、食後のデザートが付いた。満腹。
トマト付素麺はんーと思ったけど、あとはおいしかった。でも海彦なAJとしてはこれだけ豪華なのにお刺身ないのかー。奈良って山彦の国なんだな、と思ったのだった。
柿の葉寿司の柿の葉っぱは食べられないけど、こちらは食べられるワサビの葉っぱでくるんだ山葵の葉寿司。おにぎり感覚で駅の売店で買ったら、保冷剤を付けてくれた。それって持たないってことよね、と慌てて駅で食べた(笑)。
山葵の葉っぱはピリ辛でおいしかったけど、ちょっと食べにくかった。葉っぱがついてないしパッケージも食べやすい、コンビニ版ますの寿司を見習って欲しいかも・・・
奈良は古都っぽくない
京都大阪神戸で三都物語というJRのCMがあるけど、都だったら神戸じゃなくて奈良だもん、とテレビで誰か(奈良県民)が言っていた。まぁそうだよね、でも奈良は新幹線通ってないからね、とその時は思ったのだった。
私は奈良には3回行ったことがあった。そのうちの2回は修学旅行で、京都+奈良を周るもの。自由行動があった京都に比べて、奈良は印象が薄くさっぱり覚えていない(苦笑)。たぶん、興福寺/東大寺と、薬師寺、唐招提寺あたりを周ったのだと思う。たぶん。
もう1回は学生の頃に、マンガ「日出処の天子」にハマった友人の提案により出掛けた。この時は飛鳥斑鳩が中心だった。なぜか信貴山に宿を取った。
つまり、奈良の市街はまともに歩いていないことに気が付いた。なんだか「奈良町」というカワイイ地域があって、お洒落なお店とかもあるらしい。乗換駅として通り過ぎた橿原神宮というのも行ってみたい。手持ちの国定公園切手にも「生駒金剛」というのがある。というわけで、夏休みは奈良に決定したのだった。
で、行ってみて判ったこと。奈良は古都っぽくない。年表を見ると(見なくても)判るように、奈良が都であった期間は100年足らず。この前の飛鳥時代を入れると約200年になるのだが、飛鳥から大津京、藤原京、と都が移動しているし、奈良時代にも実は恭仁京、難波京、紫香楽京、長岡京といった遷都があった。短命都の中では奈良(平城京)が安定はしていたけど、管政権のようなもの(笑)で、千年の古都である京都からは大きく負ける。
だから、その古都であった平城京の主要部分はすっかり衰退してただの野原になったのだ。何本かの大路と寺社だけが残された。
そういう意味において(どういう意味だよ)、奈良は鎌倉に似ている。鎌倉の場合は、鶴岡八幡宮がメインだけど、奈良の場合は格式の高い寺社がとても多いので、その点は全然似てないけど。古都としてより、門前町としての歴史の方が長いのだ。江戸が出来てからの鎌倉が門前町として栄えたように、奈良は常に京都に近い門前町だったのだと思う。
現在は、ベッドタウン(京都というより大阪だろうけど)になっている点も鎌倉に似ている。昔ながらの伝統店+趣味で営業しているカフェや雑貨店。どっちも商売っ気が少なく、営業時間が短いので、あれとこれを食べて、それを買って・・・を確実に行うのは大変だったよう(笑)。
結論:奈良は「三都」には入れない。
私は奈良には3回行ったことがあった。そのうちの2回は修学旅行で、京都+奈良を周るもの。自由行動があった京都に比べて、奈良は印象が薄くさっぱり覚えていない(苦笑)。たぶん、興福寺/東大寺と、薬師寺、唐招提寺あたりを周ったのだと思う。たぶん。
もう1回は学生の頃に、マンガ「日出処の天子」にハマった友人の提案により出掛けた。この時は飛鳥斑鳩が中心だった。なぜか信貴山に宿を取った。
つまり、奈良の市街はまともに歩いていないことに気が付いた。なんだか「奈良町」というカワイイ地域があって、お洒落なお店とかもあるらしい。乗換駅として通り過ぎた橿原神宮というのも行ってみたい。手持ちの国定公園切手にも「生駒金剛」というのがある。というわけで、夏休みは奈良に決定したのだった。
で、行ってみて判ったこと。奈良は古都っぽくない。年表を見ると(見なくても)判るように、奈良が都であった期間は100年足らず。この前の飛鳥時代を入れると約200年になるのだが、飛鳥から大津京、藤原京、と都が移動しているし、奈良時代にも実は恭仁京、難波京、紫香楽京、長岡京といった遷都があった。短命都の中では奈良(平城京)が安定はしていたけど、管政権のようなもの(笑)で、千年の古都である京都からは大きく負ける。
だから、その古都であった平城京の主要部分はすっかり衰退してただの野原になったのだ。何本かの大路と寺社だけが残された。
そういう意味において(どういう意味だよ)、奈良は鎌倉に似ている。鎌倉の場合は、鶴岡八幡宮がメインだけど、奈良の場合は格式の高い寺社がとても多いので、その点は全然似てないけど。古都としてより、門前町としての歴史の方が長いのだ。江戸が出来てからの鎌倉が門前町として栄えたように、奈良は常に京都に近い門前町だったのだと思う。
現在は、ベッドタウン(京都というより大阪だろうけど)になっている点も鎌倉に似ている。昔ながらの伝統店+趣味で営業しているカフェや雑貨店。どっちも商売っ気が少なく、営業時間が短いので、あれとこれを食べて、それを買って・・・を確実に行うのは大変だったよう(笑)。
結論:奈良は「三都」には入れない。
葛切りと葛餅
葛といえば吉野ってことで。吉野葛100%の葛きりを食べてきました。
・・・私の写真では判りにくいですが、お椀の中に透明な葛きり(と角氷と山茱萸2粒)が浮かんでいて、左側の黒蜜につけながら食べる。夏のデザート!て感じです。
黒蜜にからめて食べることから、関西ところてんを想像していましたが、心太とは大分違って、もちもちしこしこ、澱粉の食べ心地です。高級な吉野葛様には申し訳けど、お鍋に入れるマロニーに良く似ている。マロニーもこうやって食べられるのでは?とGoogleしてみると、あるあるやっぱりね(笑)。
葛きりは、葛粉を水で溶かして、湯煎して作る(のだそうだ)。葛100%だと透明度が高いんだって。このお店では葛餅もありましたが、同じように透明で黒蜜の中に浮かんでいました。あっちを食べるべきだったかなぁ・・・
葛餅は、柿の葉寿司を食べに行った平宗で、デザートについてきた。これで食べた気になっていたんだけど、あの透明な葛餅も食べたかったかも。
平宗の葛餅は、黒砂糖(たぶん)を練りこんであって、わらびもち風な味。亀戸の葛餅とは大分違うな、と思ったのだが、wikiによると、亀戸のは「久寿餅」であって、全然別のものなのだそうで。
・・・知らなかった。あれが「くずもち」のスタンダードなのかと思ってた。
奈良町の佐久良では、おまけに葛を使った干菓子も食べられた(上の写真で、黒いお皿の上にある桜型のもの)。見た目は普通の干菓子だけど、口溶けが片栗粉で面白かった。(我ながら、いかに葛粉に縁がなかったか、よくわかる表現・・・)
| 奈良町 佐久良の葛きり |
黒蜜にからめて食べることから、関西ところてんを想像していましたが、心太とは大分違って、もちもちしこしこ、澱粉の食べ心地です。高級な吉野葛様には申し訳けど、お鍋に入れるマロニーに良く似ている。マロニーもこうやって食べられるのでは?とGoogleしてみると、あるあるやっぱりね(笑)。
葛きりは、葛粉を水で溶かして、湯煎して作る(のだそうだ)。葛100%だと透明度が高いんだって。このお店では葛餅もありましたが、同じように透明で黒蜜の中に浮かんでいました。あっちを食べるべきだったかなぁ・・・
| 葛餅@平宗 |
平宗の葛餅は、黒砂糖(たぶん)を練りこんであって、わらびもち風な味。亀戸の葛餅とは大分違うな、と思ったのだが、wikiによると、亀戸のは「久寿餅」であって、全然別のものなのだそうで。
・・・知らなかった。あれが「くずもち」のスタンダードなのかと思ってた。
奈良町の佐久良では、おまけに葛を使った干菓子も食べられた(上の写真で、黒いお皿の上にある桜型のもの)。見た目は普通の干菓子だけど、口溶けが片栗粉で面白かった。(我ながら、いかに葛粉に縁がなかったか、よくわかる表現・・・)
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