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2020年11月4日

ハヤカワepi文庫シリーズ (2)

ハヤカワepi文庫シリーズの第2弾は、カズオ・イシロの固め読み。「日の名残り」も「私を離さないで」もいいと思ったけど、「忘れられた巨人」がAJ好みです。前回同様、先頭の番号はハヤカワepi文庫についている通し番号です。

(10) 遠い山なみの光(カズオ・イシグロ):
戦後の長崎を舞台に、幸せになりたい若妻悦子と子持ちの「アメリカさん」佐知子。悦子はその後英国人と恋愛してイギリスへ渡ることになる。解説で池澤夏樹が訳を褒めているが、微妙。日本の描き方に違和感があるが、でもこれは日本人が書いたわけでも日本語で書いたわけでもないしなー。日本人にとって違和感なく訳すのが正解とは言えないのは理解する。でも読んでいてやっぱり気になってしまう。「浮世の画家」は気にならなかったので、「長崎」じゃなくて、新型爆弾で壊滅的被害を受けたN市、とかであれば気にならなかったのかも。どうしても長崎には見えません。地元人どうしで標準語で会話してるし。呼び掛けの「万里子さん」も気になるが、「お母さま」はもっと違和感ある。悩ましいので日本人に限って読まない方がいいかも。

(33) わたしたちが孤児だったころ(カズオ・イシグロ):
清帝国末期の上海租界で両親の相次ぐ失踪で孤児となったクリストファーは、ロンドンで長じて名探偵になり、両親を探すために上海に帰ってくる。幼馴染の日本人アキラ、玉の輿志向の美女サラ、健気な孤児ジェニファー。みんな魅力的。一人で闘ってきたと思ってたのに実は母親に守られていたと知る。切ない。美人でお茶目で芯の強いお母さんが超魅力的で、マザコン小説に感じる。推理小説とも探偵小説とも言えない気がするが、強いて言えばファンタジーかな。

(63) 夜想曲集(カズオ・イシグロ):
「音楽と夕暮れをめぐる5つの短編集」。短編を寄せ集めたわけではないし、物語の間に微妙な連関もあるので、ひとつのnovel扱いでcomedyカテゴリーに入れてくれてもいいのに。あっ、2009年発表だから無理か(笑)。イシグロらしい味わいはあるけどこれはcomedyカテゴリだと思う。特にドタバタの「夜想曲」。「降っても晴れても」の友人に振り回されるレイモンド君はバーティ―を彷彿とさせるが可哀そうにジーヴスがいない。ロマンチックな「老歌手」と「チェリスト」はベネチアが舞台でちゃんとベネチアっぽい(観光客の魔法の国、ベネチア)。モーバンヒルズは英国の田舎が舞台だが脇役の元教師フレーザー婆さんがいそうで笑える。一番驚いたのは訳者あとがきで、英国における短編市場は長編よりうんと小さいということ!日本は短編集市場が結構大きい気がするけどな。二匹目のどじょうが短編集になりがちなだけ?そうかも。

(95) 浮世の画家(カズオ・イシグロ):
酒と女の夜の世界を描く師匠(=浮世の画家)を乗り越えて(裏切って)社会派というか忠君愛国的な絵を描いたらしい主人公。戦時中はお国の役に立ったが、戦後は風向きが冷たく、娘の縁談もそれで進めないような。幼い孫からも気を遣われているような。でも本人は後悔はしていない。今見ると思想として間違ってたけど、でもやらなきゃいけないと思ったことをちゃんとやったんだもん的な。一理ある。正義なんてあってないようなもんだしなー、かつての「偉業」を自分の意志ではなかったと誤魔化すよりは正直なのかもしれないが、自分の意志ではなかったと思いたくなる気持ちもわかる。どっちが正しいということじゃないよな。舞台は日本。違和感はないが、そうそう日本ってこんな感じ、ていう感じもない。たぶんここだなという感じもしない。東京じゃないと思う。別にどこかを描きたかったわけでもないんだろうけど。
ちなみにハヤカワepi文庫シリーズには「浮世の画家」が2種類ある。新訳が95番で古い方が39番。あまり違わない気がするけど、私が読んだのは95番の方です。

(91) 忘れられた巨人(カズオ・イシグロ):
アーサー王伝説を踏まえた物語。竜退治が主題のファンタジーではあるのだが・・・深い。アーサー王は侵攻するサクソン人を単に撃退したんだと思ってたけど、闘いの後で先住ブリトン人とサクソン人が「仲良く」暮らすための施策を行った。法律は怪しくなってきたが、もう一つの秘密の施策はまだ有効。それは魔法の力により過去を忘れさせるものだった。互いに殺戮しあった記憶が生々しいと「仲良く」暮らすのは難しいから、あと数世代竜を活かしておきたいアーサー王の騎士。復讐心から竜を倒したいサクソン側の騎士。単に記憶を取り戻したい(ような気がする)老夫妻。難しい。フタをするのはどうかと思うが、蓋を開けたらどうなったかも想像できるしな。難しい。そもそもそんな凄惨な戦いはすべきじゃなかったのだが、もう起きちゃったんだし。今の時代にも通じる重い課題。課題の深さも魅力だけど、登場人物が素敵。特に老夫妻。記憶を取り戻したら嫌いになるかも、忘れていくから愛情が続くのかもと思いつつ、でも常にそばにいたい。「お姫様」と呼びかけるのもいいなぁ。二人がどうなるかは書いてないが希望はある。周りからEnglandと呼ばれてもGBとも自称する英国。思うところがあるんだろうね。こうしてみると日本の歴史は平板だ。そう思っているだけかな?実は日本にこそ雌竜の息が健在だったりなんかして。ありうる。

(3)「日の名残り」、(47)「充たされざる者」はGuardian’sで、(51)「わたしを離さないで」はゼロ年代の50冊で済。