オリンピックに限らずだけど、1回来た場所にまた来たいなと思わせるのは、「サービス」だと思うな。名所旧跡は1回見れば気が済むことが多いもの。サービスと言ってもいろいろあるけど、日本向きなのはシャワートイレ・・・の話はもう書いたので、今日は第二推薦の日本食について。
日本食って言ってもいろいろあるよね。無形文化遺産に指定してもらった和食も大事だけど、外国人が絶賛する日本の食事は案外、ラーメンとかトンカツとかオムレツとか、日本人から見ると、それって日本食?と思えるものも多い。海外で人気のお寿司も、アボガドとか裏巻とか、えっと思えるものだったりする。
でも、そんなの日本食じゃない!正しい日本食とはこういうものだ!と押し付けるのは良くない。UNESCOに認定してもらった「和食」は伝統を大事に守るとして(笑)、外国人が美味しいなと喜んで食べるもの(珍しいな、じゃなくて)を 「日本食」として売り込んでいくべきだ。
じゃあどういう「日本食」を推奨すべきなの?
AJの考えでは、「日本の食材を多く使ったもの」がいいと思うの。
つまり、お店はパリにあろうが、中国人シェフが作ろうが、味付けがインド料理であろうが、「日本の食材を多く使っているために」、美味しくて、ヘルシーで、安全だ、という認識をみんなが持つようになるのが目指すべき姿ではないかと。
具体的にどうするかというと、日本国内の食事をするお店/食事を売るお店で、国産材料度を表示することを推奨する。
全体では大変(国産度が低すぎてマイナス効果)だから、
ご飯、麺・パン、野菜、果物、乳製品・卵、肉、魚介類
といったジャンル分けして、全部じゃなくて一部だけ表示も可。ご飯だけ100%で三ツ星を表示して他は表示なし、なら多くのお店で達成シールが貼れるのではないか。
もちろん自己申告で適当に貼っちゃダメで、貼る以上はトレーサビリティを確保する。お客様(監査委員含む)が要望したらいつでも、主要材料の生産地(出荷団体名とコードとか)をプリントアウトできるようにしておく。
材料を明確にするのは、宗教上その他の理由で食べられないものがある人たちにも便利だしさ。
何をもって「国産」なのかも明確に定義しないとだよね。例えばご飯だったら、他の穀物を混ぜる場合は(五穀米とか)、他の穀物も含む総重量における国産穀物の割合。穀物じゃないものを混ぜたり(赤飯とか)一緒に供する(カレーライスとかお寿司とか)場合は、穀物じゃないものの重量は含まない(お寿司なら上に載っているマグロは魚介類で数える)。ただし穀物じゃないけど穀物に見えるもの(お米の形の蒟蒻とか)は穀物扱い。
野菜の種や苗を外国から買ってきて日本で育てた場合は国産だけど、野菜の形で買ってきて日本で加工したのは国産じゃない。でも牛肉はアメリカから買ってきてもしばらく日本にいると国産牛になっちゃうんだよな。その辺は今の商習慣に従わざるを得ないかな。もっと厄介なのは魚介類だな。近海+養殖のみを国内産って言ったら、ハードル高すぎになっちゃうかな。でもなるべく遠くの海ではなく近くの海で取ったものを推奨にしたい。なんでか。だって遠くの海のものだと日本船じゃなくても取れたりするじゃない?日本でしか作れない感を大事にしたいの。海外でもお金を出せば(輸入すれば)食べられるけど、本場の日本で食べるのがやっぱりいいよね!ていう感じ。
そういう意味では、売り込みやすいのは、果物とか野菜かな。2020年になる前に「美味しい野菜・果物料理」のコンテストをたくさんやって、あまり高くなくて外人受けするようなメニューをたくさん発掘する。手が込んで美しいものより、素材の良さを素直に活かすようなメニューがいいね。
いっそシンプルに、フルーツ屋台(台湾とかにあるようなやつ。その場で剥いたりジュースにしてくれる)やベジタブル屋台(今作った造語。甘い野菜をそのまま/ジュースで/焼いたりして食べられる屋台)をあちこちに出店するのもいいかも。野菜や果物は食べられない人少ないしさ。
だんだん何を言いたいのか自分でもわかんなくなってきたけど(おいおい)、日本でしか作れない(ように思ってもらえる)食品を「日本食」の旗印にすべきと思うよ。日本でしか食べてない食品、じゃなくてね。
2014年4月27日
2014年4月20日
光文社古典新訳シリーズ(14)
刊行スピードに追い付きつつある光文社古典新訳シリーズ。今回は何と言っても、「すばらしい新世界」が出色でした。考えさせられるし、笑える部分も多い。お勧め!
(131) すばらしい新世界(オルダス・ハクスリー):面白かった!!近未来の管理社会を描いたものは多いけど、これは良く出来てます。最大多数の最大幸福を追求すると、確かにたぶんこんな社会になると思う。これが幸福なのか?とは思うけどさ。でもここまでしないと「幸福」にはならないんじゃない?すると幸福って何の意味があるんだ?と深く考えさせられました。フォードが神になっていて、十字の代わりにT字を切ったり、オーマイガー!の代わりにOh my Ford!になってたりするのは笑える。今作ったら断然、Oh my Google!だろうなぁ。
(132) 饗宴(プラトン):今まで読んだ3冊のプラトンの中で一番面白い。エロス神について誰が一番うまく賛美できるか、という議論なんだけど、恋愛なのか愛なのかというのは今でもある議論として、この時代には少年愛(或いは青年愛かな)が当然のように語られているのが新鮮。女性同士ってのもあったんだね。男性同士ほどおおっぴらではなかったのかもだけど。
(133) ソクラテスの弁明(プラトン):今まで読んだ4冊のプラトンの中で一番わかりやすかった。ソクラテスが嫌いな人たちの気持ちも好きな人たちの気持ちもよくわかる。哲学の話は置いといて。『無知の知』と言う言葉はおかしいのか。確かに。無知なんだから、無知ということも知ってるのはおかしいやね。言葉の遊びになりつつあるけど。
(134) 砂男・クレスペル顧問官(ホフマン):2冊目のホフマンに砂男が入って嬉しい。これ好き。怖いけど好き。1冊目は読んだことあるのが多かったけど、こっちは初めてのが多かった。砂男が一番好きだけど、クレスペル顧問官も哀しい。鏡像を失う話もありそう。奥さんがしっかり者であるある感。
(135) 地底旅行(ヴェルヌ):海底二万里かと思って読んだら違った(そりゃそうだ)。アイスランドから地底を旅してギリシャで吹き上げられる話。冒険家ではない学者と甥っ子がアイスランド地元民のハンスを頼りに地底を旅行する。学者も甥っ子もドイツ人に見えませんな。旅行もあまり楽しそうじゃない。だいいち食事が不味そう。あ。そこでドイツ人なのか?
(136) 孤独な散歩者の夢想(ルソー): JJルソーの遺作ていうか日記。晩年は不遇だったんだね。少し被害妄想的だが、迫害されたら一人の楽しみを見つける、という意見には賛成。いじめられっこ必読。いや慰めにはならんか。
(137) ガリレオの生涯(ブレヒト):ガリレオに題を取った科学と神学の戦い。確かにガリレオ名誉回復したのって最近なんだよねー。科学は聖書を超える、が、神様は科学を超える。難しい問題だ。キリスト教が話を具体的にしてしまうからいかんのだ。オリジナルは科学を超えていたのに。ガリレオがお茶目で魅力的。これはちゃんとイタリア人に見えるぞ。
(138) ピグマリオン(バーナード・ショー):マイフェアレディの原作。映画と終わり方が違う。ま、大向こうに受けるのは映画の結末だから仕方ないよね。でもこっちの方が好き。2人の紳士とバカ娘ではなく3人になる、っていいなー。そういう関係ってとても素敵と思う。
(139) ひとさらい(シュペルヴィエル):最初は善意から、そして確信犯の人さらいになってしまう大佐。人さらいではなく預けられた少女に恋をしてしまい、しかし少女はさらわれた少年とありがちな恋におち・・・このパタン最近読んだな。何だっけ。ジイドだ。でも本作の女の子は自覚的(娼館から救出されたんだし)。反抗するジョゼフもカッコいい。
(140) 崩れゆく絆(アチェベ):アフリカ(ナイジェリア)の独立前夜のさらに前夜。白人とキリスト教がやってきて、それまでの文化は腰砕けになっていく。村の勇士だったオコンクォは時代遅れの男として自殺する結末。Things fall apart(原題)の雰囲気が邦題ではいまいちじゃない?。崩れゆくのは絆じゃないと思う。
2014年4月6日
練り切り(食品番号:15028)
上生菓子については前にも書いた。練切というのは、上生菓子の種類の一つだとは思っていた。けど、じゃあ何?て言われるとちゃんと把握してませんでした。はい。
正解は「練って切ったもの」(まんまじゃないかー)。
頼りのwikiによると、白餡ベースに求肥やイモを加えて少し硬くして練り上げ、粘土みたいに形を作りやすくしたもの。これに色を付けて、切ったり型に押し付けたりして、お菓子を作るわけだよ。
塩瀬で買った牡丹の練切。和菓子は季節をちょっと先取りするのがお約束なので、桜の季節には牡丹か藤よねー、と思って。
いろんな色や形をしていても実は殆ど白あん、というわけで、食品成分表的にみると、金鍔や鹿の子に近いね。見た目はうんとお洒落で高級だけどさ。
お洒落で高級だから、練切=上生菓子ということになるのかもね。「素朴な練切」というものは存在しない気がする。
(以下、2017/7/5付記)
2015年版食品成分表の定義は、「練りあん(普通は白あん)につなぎとしてぎゅうひ又はみじん粉を加えて練った練切餡(ねりきりあん)を、木型に押しつけて模様をつけたものである」。
木型に押し付けてと言われてしまうと、一般家庭はもちろん、町の和菓子屋でもそう色々は作れないものということになってしまうが、実際には「素朴な練切」も作れるぞ。
じゃーん!型なしで、「練って切った」だけの素朴な練り切り。
左は椿で右は桜の花びら。
素朴すぎ?だってAJが体験教室で作ったんだもーん。見た目はいまいちでも味は先生のと同じだよー。(白あんは自分で作ったわけじゃないからね)
正解は「練って切ったもの」(まんまじゃないかー)。
頼りのwikiによると、白餡ベースに求肥やイモを加えて少し硬くして練り上げ、粘土みたいに形を作りやすくしたもの。これに色を付けて、切ったり型に押し付けたりして、お菓子を作るわけだよ。
塩瀬で買った牡丹の練切。和菓子は季節をちょっと先取りするのがお約束なので、桜の季節には牡丹か藤よねー、と思って。
いろんな色や形をしていても実は殆ど白あん、というわけで、食品成分表的にみると、金鍔や鹿の子に近いね。見た目はうんとお洒落で高級だけどさ。
お洒落で高級だから、練切=上生菓子ということになるのかもね。「素朴な練切」というものは存在しない気がする。
(以下、2017/7/5付記)
2015年版食品成分表の定義は、「練りあん(普通は白あん)につなぎとしてぎゅうひ又はみじん粉を加えて練った練切餡(ねりきりあん)を、木型に押しつけて模様をつけたものである」。
木型に押し付けてと言われてしまうと、一般家庭はもちろん、町の和菓子屋でもそう色々は作れないものということになってしまうが、実際には「素朴な練切」も作れるぞ。
じゃーん!型なしで、「練って切った」だけの素朴な練り切り。
左は椿で右は桜の花びら。
素朴すぎ?だってAJが体験教室で作ったんだもーん。見た目はいまいちでも味は先生のと同じだよー。(白あんは自分で作ったわけじゃないからね)
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